第36話 世界が始まる場所

《裂け目》の最深部。誰も到達したことのない空間――それは、「無」のような「全」のような、言葉では表せない場所だった。


空も大地もなく、上下左右の概念すら曖昧なその場所に、イアは静かに降り立つ。

その瞬間、空間が脈打つ。


「……帰ってきたのね。……ようこそ、《創世の座標》へ」


どこからか響く声。優しく、そして、どこか懐かしい。


振り返るとそこには、イアとよく似た少女の姿があった。


けれど、その瞳には無限の時が宿っている。

世界を創り、世界を見届けた神々すら“過去の存在”として見下ろす、深淵の眼差し。


イアによく似た姿の少女――その瞳は、時を越え、世界を超えた深淵を湛えていた。


「あなたは……?」


「“始まり”の記憶。あなたがまだ“世界”として眠っていた頃の、最初の意志よ」


「“あなたになるはずだった存在”――あるいは、“あなたが目覚める前の欠片”」


その言葉とともに、無数の光がイアの脳裏に流れ込む。


文明の黎明、神々の誕生、時代の崩壊、魂の還元――すべての出来事は、イアを中心に巡っていた。


「……これが、わたし?」


「ええ。あなたはこの世界そのもの。“イア”は器であり、記憶であり、世界の核心。だから今、座標はあなたを迎えた」


それは、絶対の存在。創造と崩壊、再生と循環のすべてを司る“根源”そのもの。


理解した瞬間、イアの身体が透き通る。思考と肉体の境界すら曖昧になり、彼女は世界と完全に“同化”する寸前だった。


だが――イアは、ふと目を伏せる。


「でも、わたしは……この世界を歩いていたい。人の姿で、仲間たちと笑って、知らないものを知りたい」


「……それは、器にしては、あまりに小さな願い」


「うん。でも、“世界そのもの”だからこそ、この世界を旅してみたいんだよ。“外側”じゃなくて、“中”から――」


少女は静かに目を閉じ、そして微笑んだ。


「なるほど。なら、力を封じる必要はない。隠しながら歩けばいい。そう、誰にも知られずに」


「……ありがとう。“わたし”」


そうしてイアは、全知全能の力を保持したまま、それを“見せない”ことを選んだ。


彼女の中で鼓動する創世の律。大地を揺るがす意志を胸の奥に秘め、イアはゆっくりと踵を返す。


《創世の座標》は、再び“誰にも届かない場所”へと姿を消していった。


――そして、現世。


裂け目の外で待っていたルナとロゼが、意識を戻したイアに駆け寄る。


「イア!」


「大丈夫!? 中で何が――」


イアは微笑んだ。


「うん、ただ……ちょっと懐かしい場所に行ってただけ。もう大丈夫」


その笑顔の裏に、世界を動かす力が潜んでいることに、今は誰も気づいていない。


――こうして、《世界そのもの》である少女は、“旅人”として再び歩き出す。


隠された力は、静かに脈打つ。


その先にあるのは、神々ですら知らぬ未来――



ギルドのZランク冒険者となったイアは、

ギルド長の推薦で新たな舞台貴族学園編が、幕を開ける。

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