第34話 目覚めゆく刻印 崩れゆく均衡

イアが帰還したその日、ギルド本部の空気は張りつめていた。


裂け目内部から回収された映像記録――そこには常軌を逸した現象が、すべて映されていた。

空間崩壊、神域干渉、そして“存在そのものを否定”するような魔法。


「これは……災害級だぞ、いや……それ以上……」


ギルド上層部のひとりが呟く。

その映像の中心に、ただひとり、平然と立つ少女の姿――イア。


「これが……仮登録者、だと?」


重鎮たちの視線が、冷たい畏れを含んで交錯する。


一方その頃、帰還直後のイアは医務室のベッドで、ただ天井を見つめていた。

疲れているはずなのに、どこか胸の奥がざわついて、眠れない。


(あの記憶……あの神殿……あの声……)


「……懐かしい」


またその言葉が漏れる。思い出せないけど、確かに心が反応している。

まるで、何かが“開きかけている”ように。


その時――


胸元に熱が走った。


「っ……!」


肌に浮かび上がったのは、複雑な幾何学模様の刻印。

それは呼吸に合わせて淡く輝き、脈打っていた。


イアは直感する。これはただの魔術紋じゃない。もっと根源的な、世界の律に繋がる“鍵”。


(何かが……起ころうとしてる)


その頃――


ギルド最奥、秘匿区画の深部。

封印された“旧時代の遺産”が、警告もなく震え始めていた。


鋼鉄の棺の中で、仮死状態にあった存在が、目を開ける。


「……起きたか。“世界の核”が。ならば――また、刻印を回さねばな」


“旧時代の存在”――神造兵ゼロス。

人ならざるものにして、かつて世界を守るために創られた《神殺し》。


だが彼が今目指すのは、守護ではない。

再構築。旧世界の意志による“理想”の再誕。


「次代の器よ……お前を試す時が来た」


そして――


地下より目覚めた刻印の波動は、世界の各地へと共鳴し始めていた。


神託の巫女が突然の痙攣と共に絶叫し、聖域の精霊たちが一斉に姿を消す。

古代碑文が赤く染まり、封印術式が暴走し、魔物たちが狂気に染まる。


――均衡が、崩れ始めた。


だがその中心でただ一人、静かに目を開く少女がいた。


イアはゆっくりと立ち上がり、窓を見つめた。

夜の空には、かつて一度も見たことのない“第二の月”が浮かんでいた。


「……この世界、もう待ってはくれないみたいだね」


彼女の瞳の奥で、光が揺れる。

それはまだ完全ではないが、確実に力を取り戻しつつある“世界の律の一部”。


そして、彼女が戦場に出るたびにそれは目覚めを加速していく。


――これは予兆に過ぎない。

彼女が“本当の力”を取り戻したとき、世界の形が変わる。

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