第33話 刻まれる力と静寂の果て

巨大な裂け目の奥、地下深くへと続く階段を、イアは一人で降りていく。背後には誰もいない。仲間たちは地上の封鎖と補給を担当し、イアは“ただの調査”という名目のもと、最奥へ向かった。


けれど、それが《ただ》で終わるはずがないことなど――イアは最初から分かっていた。


地下に広がるのは、廃墟と化した古代の神殿跡。壁には崩れかけた封印術式が走り、空気には霧のような魔力が満ちている。


「この感じ……下に、何か“眠ってる”」


彼女が一歩踏み出すと、神殿の中心――大理石の祭壇が震えた。


次の瞬間、瘴気が爆発するように渦を巻き、無数の黒い腕が空間から這い出した。


《魔瘴寄生種・グラスト》


黒き瘴気の王。その残滓が、裂け目を通じてこの地に流れ込み、封印されていたのだ。


「一人で来たのか。愚かだな、小娘」


グラストの声が、神殿全体に響く。


けれど――


「違うよ。これは“狩り”だよ。あなたを、ただ滅ぼすだけのね」


イアの声が響いたとき、周囲の魔力が震えた。


彼女の背後から展開されるのは、封呪、属性変換、召喚陣、空間魔術――複合構成式七重重奏


ひとつひとつが単体で災害級とされる術式。それを同時に、無詠唱で放つ存在など、世界にどれほどいるだろうか。


「な、なにを……!」


「さようなら。もう、戻らなくていいよ」


彼女が前に出す杖の先に、紫の光が凝縮される。


《世界律式・灰に還れ》


解き放たれたのは、因果そのものを切り裂く魔法。


神殿ごと、空間の一部が削ぎ落とされ、グラストの瘴気の体が断末魔も上げずに崩壊する。


……静寂が戻る。


残されたのは、祭壇の中心に浮かぶ、小さな光球――記憶核。


「これは……?」


触れた瞬間、イアの意識に、太古の光景が流れ込む。


封じられた神々。世界を創った者たちと、それに抗った“反逆者たち”の記録。人の形を借りて生きる存在たち。そしてその中心で、“すべての始まり”に立つ、自分に似た誰か――


「……懐かしい」


自分が何者なのか、まだ思い出せない。ただ確かに、あの記憶のどこかに、自分の“本質”がある。


そう確信できるほど、胸が締め付けられた。


「……帰ろう。仲間が待ってる」


神殿の天井に穴を穿ち、空へ跳ぶ。彼女の身体を、風と光が包む。


空は晴れ渡っていた。


その背に、いくつもの“異なる時代”の影が重なることを、まだ誰も知らない。


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