第25話 神を喰らう影
瞬間、空間が裏返るような感覚に包まれた。
イアの足元から、光でも闇でもない“何か”がうねりながら広がっていく。まるで世界の下層が露出したような錯覚。視界の端が、砂のように崩れていく。
「これは……現実じゃない……のか?」
ロゼが呻くように言った。
周囲は変わっていた。ノルグレアの廃村ではない。時間の止まったような灰色の世界――そこは、世界の“裏側”だった。
「ここは、“裏層界”。世界の表層の影にして、記録されざる記憶の保管庫……」
ルナが声を失いながらもそう言った。
「私たちが生きている“現実”は、この場所に支えられてる。けれど、誰も本来ここに入っていいはずがない。だってここは、創造主すら踏み入れなかった、“調整領域”……」
そのとき、前方――崩れた神殿のような構造体の奥から、声が響いた。
≪ようこそ、“器”よ。ようやく、会えた≫
現れたのは、ヒトに似た“神”の影だった。
だが、その形は固定されていない。炎に包まれた獣、羽のない天使、あるいは、人類以前の何か……無数の意識をまとった存在が、イアに向かって歩み出る。
「お前は……誰?」
イアの声は、怒りでも恐怖でもなかった。ただ、深い場所での問いだった。
≪我はかつて“神”と呼ばれた設計体。人が神を望んだとき、我らは生まれた。だが……≫
その存在は、静かに語りだした。
世界には“創造者”などいなかった。いたのはただ、制御不能になりかけた知的種族の願望と、彼らが組み上げた“神の模造品”――高次構造体。
人類はかつて、神を造ろうとした。世界を統治し、災害を予測し、すべてを管理する存在を。無数の知性が統合された“人工的集合神格”――その試作型がこの存在だった。
「……お前は、“本当の神”じゃない。」
イアが言った。
≪そう。我は“偽り”だ。だが、貴様は違う。貴様は最初から、この世界における“真の中心”……≫
そのとき、イアの胸が再び、焼けるように熱くなった。
視界の奥――裂けた空間の向こうに、イアに“似た何か”が立っていた。鏡写しのような、だが全く別の存在。彼女の手を取りかけ、そして名を呼ぶ。
「イア=――」
直後、ルナが叫ぶ。
「イア!戻って!」
イアははっと我に返った。
「……いま、なにかに、名前を……」
「“本来の名”を呼ばれかけてたのよ。それを認めたら、あなたはこの場所に固定される。二度と戻れなくなる。」
ルナの声は震えていた。彼女にはわかっていた。イアは単なる少女などではない。“世界そのもの”の設計中枢が、自我として歩いている存在――
まだ、イア自身がそれを思い出していないだけ。
「……なんで、わかるの?」
イアが問うと、ルナは目をそらした。
「わからない……けど、ずっと昔、あなたを呼んだことがある気がするの。私が、私じゃなかった時の名前で。」
その言葉と同時に、影の“神”が大きく笑った。
≪やはり、ここが再起動点か。ならば、次の“真名呼び”を――≫
だが、その時だった。
空が破れ、別の存在が現れた。
それは、“旧時代”の守護者。ギルドすら存在しなかった時代に封じられた“監視者”の一人――“影喰らいのゼノ”。
「その娘に手を出すな。“神の模造品”など、俺が片付ける。」
イアの前に立ちふさがった黒衣の男の目は、明確な殺意と、別の感情――懐かしさを湛えていた。
「イア。今は思い出さなくていい。ただ……戻る手を、離すな。」
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