第23話 旧き契約者

ギルド本部・第六審議室。


天井まで届く本棚と、時代を感じさせる魔法具に囲まれた空間に、数名の影が静かに集っていた。いずれも都市国家テル=アルマの中でも選ばれた才覚を持つ者たち――ギルド幹部たちである。


「……この報告書、薄いな。例の“聖堂案件”について、核心に触れた内容が一切ない。まるで口裏を合わせているように見える。」


そう言ったのは、“解析官”ファラルド。無数の封印術と契約魔法を管理する責任者だ。彼の指先には、聖堂周辺から採取された魔素の断片が浮かんでいる。


「これは“神話級構造体”に近い魔力の断片だ。数百年前に封印された『神造魔法陣』の痕跡がある。何者かが意図的に、何かを呼ぼうとした痕跡も……。」


対面に座る“監視局長”エストレイアが、重々しく頷いた。


「イア。この子の中にある“魂核”が反応していたらしい。マーリンの残した魔力とも符合する……偶然とは考えにくい。」


「では……?」ファラルドが問う。


「彼女は、世界そのものなのかもしれない。」


場が静まり返った。


それは、ただの適性や才能とは別格の概念。世界とつながる魂、いや。『世界の根源』に触れる存在を指す言葉だ。


「だが、それを証明するには危険が伴う。彼女自身が自覚を持っていない今、無理に引き出せば、逆に壊れる。」


「ならば我々は――」


「……様子を見る。」


エストレイアはゆっくりと立ち上がった。


「ただし、警戒は怠るな。すでに《旧き契約者》の一人、“暁を呼ぶ者”が動き出している。」


その名に、全員が眉を潜めた。


――“暁を呼ぶ者”とは、旧時代に神と契約を結び、神をも殺す術を手にした者の一派。その残党は、いまなお地下に潜み、時を待っていた。


その頃、イアはギルドの訓練場にいた。仲間と共に、次の任務のための模擬戦をこなしている。


ルナの矢が、イアの放った光の波と連動し、見事な連携で模擬ゴーレムを沈める。


「少しずつ、息が合ってきたわね。」


「うん。でも……」


イアは空を見上げた。


「ときどき、自分が何者なのか、わからなくなる瞬間があるんだ。」


「それでもいいじゃない。今は“イア”として生きてる。あんたがどこから来たとしても、それは変わらない。」


ルナの声は、どこか強くて、あたたかかった。


その夜。


都市の片隅、封鎖された神殿跡に、一つの影が立っていた。


「……見つけたよ、世界そのもの。」


銀色の仮面をつけたその者――《暁を呼ぶ者》の一人、“ヴィス・ラダール”は、崩れた石柱に手を当てた。


「やがて世界は分かたれ、契約は更新される。神なき時代に、神を呼ぶために――」


彼の背後で、古き魔法陣がゆっくりと光を帯び始める。


そして、目覚めるはずのなかった“神々”が、静かに、その名を思い出し始めていた。


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