第19話 メンバー
ギルド塔の外階段を降りたあとも、私の胸の奥は高鳴っていた。
「……ふぅ。エル、ちょっと緊張したかも」
「緊張してなかったらそっちが怖いわ。あの受付の姉ちゃん、目が完全に“元冒険者”だった」
私が笑った。ギルドで見た誰もが、どこか傷を抱えながら、前を向いて生きていた。
街の広場には、市が立っていた。旅の商人が並べた薬草、魔導具、焼きたてのパンの匂い。古びた城塞の一部を再利用した店先は、どれも雑多で賑やかだ。
エルは道端の干し肉に興味津々で、私の後をうろちょろとついて回る。
そんな中、一人の少年が声をかけてきた。
「おい、新顔だな。さっき“塔の灯”に入ったの、見てたぞ」
振り返ると、真っ赤な髪をした少年が立っていた。年はイアと同じくらい。革の胸当てに魔導剣を背負い、見るからに“ギルド馴れ”している。
「……あなたも、冒険者?」
「ああ。正式には、明日でちょうど《一年目》。でも今は“仮登録”なんだろ? なら――明日の試練、同じだな」
彼は笑いながら手を差し出した。
「俺の名前はロゼ。剣士志望。よろしくな、魔法使いさん」
イアも手を握り返した。
「イア。こっちは、エル。従魔の狼で――まぁ、話すんだ」
「へぇ! 喋るんだ、すげぇな! 初めて見た!」
エルはむっすりと鼻を鳴らした。
「見世物じゃねぇぞ。名前で呼べ、赤毛」
「はは、ごめんごめん。……それにしてもさ、こんな年齢で試練受けるなんて、普通じゃないな。何か理由が?」
私が一瞬だけ黙り、それから穏やかに答えた。
「“師匠にそう言われた”の。『生きた知識は、街の外にある』って」
ロゼはうんうんと頷きながら、ポケットから焼き芋を取り出してかじった。
「いい師匠じゃん。俺なんか、『どうせお前はバカだから現場で学べ』って投げられたし」
「……それ、ちょっとだけうらやましいかも」
「えっ、なんで!?」
イアとロゼのやり取りを見ながら、エルは目を細めた。
(……よく笑うようになったな、イア)
ふと、その視線の先にもうひとりの少女の姿があった。
白銀の髪に、鋭い眼差し。彼女は市場の向こうで、魔導書を片手に静かに何かを読んでいた。気配は薄いが、魔力の“密度”は明らかに異質だった。
私が気づく前に、その少女はふっと視線をこちらに向け――わずかに、口角を上げた。
そして、群れの中へと消えていく。
「……今の、誰?」
私がつぶやいた。
ロゼは焼き芋を止めたまま、少し驚いたように振り向いた。
「ん? 見たのか。あれ、
「そう……」
私の胸の奥に、なぜか小さな火が灯るのを感じた。
試練――それは、戦うだけじゃない。
誰と向き合うのか。自分がどこまで行けるのか。
この街で、それがすべて始まるのだ。
その夜、私は簡素な宿屋の一室で、杖を磨いていた。
「……あした、来るんだよね。試練」
「おう。ぶっ倒れるなよ」
「倒れないよ。だって、わたし……」
光もない天井を見上げて、私は小さく笑った。
「ここから、“ちゃんと生きる”って決めたんだ」
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