第17話 壊れかけの街
「ずいぶんと腕の立つ魔法使いじゃねぇか」
そう言って声をかけてきたのは、くたびれた旅装束に身を包んだ中年の行商人だった。灰色のひげ、ちょっと崩れた帽子。だが、その目は鋭く、油断のない光を宿していた。
「助けてもらった村人たちに代わって礼を言うよ。おかげで商品も無事だ」
「いえ、わたしは……ただ、できることをしただけです」
イアは控えめに頭を下げた。その横で、エルが鋭く男を睨んでいた。
「おい、おっさん。あんた、何者?」
「おっと、怖い怖い。俺はただの行商人さ。名をベルン。薬草から塩まで何でも売ってる。今日はたまたま通りがかったってだけだよ」
「ふぅん……まぁ、怪しいけど」
エルは鼻を鳴らしたが、ベルンが差し出した干し肉をちゃっかりくわえた。
「ところで嬢ちゃんたち、これからどこへ向かう?」
「……特に、決めてない。でも、外に出たい。世界を知って、魔法を試したいの」
イアの目は、まっすぐだった。ベルンはそんな目を一瞬だけ見つめてから、にやりと笑った。
「なら、ちょうどいい街がある。ガリレアって名前だ。昔は帝国の前線基地だったが、今は冒険者たちが集まる“再生中”の城塞都市さ。腕が立つ奴は重宝される」
「冒険者……」
エルが横目でイアを見た。
「悪くねぇな。情報も金も集まる。何より“人間社会”ってやつを学ぶにはうってつけだ」
イアはコクリと頷いた。
「……行ってみたい。そこに、私の“道”があるなら」
「決まりだな」
ベルンは笑い、荷馬車の後ろを開けた。道具や樽の隙間に、小さな座席がひとつだけある。
「狭いが、乗ってけ」
馬車が軋む音を立てて、村を後にする。
森の小道を抜け、石畳の途切れた旧街道を進む。辺りは霧が濃く、空は重い灰色に染まっていた。
「……静かだね」
イアが呟いた。
「この辺はな。前の戦争で焼け野原になったからな。今でも、夜になると“出る”って話もある」
「幽霊?」
「いや――魂の残滓。魔力に混ざって漂うらしい」
ベルンの言葉に、イアの表情が少しだけ曇った。
「……マーリンの魂も、そうだったのかな」
「大丈夫だ。あんたの中にいる。俺には見えねぇけど……お前の魔力から、そう感じる」
意外にも真面目な口調で、ベルンはそう言った。
エルがそっとイアの膝に丸くなる。
「“魂核”ってのは、そう簡単には消えねぇさ。……それにしても、あのときのお前の力……」
「……うん。リミッターが、壊れたみたいだった。でも、制御できた」
「“できた”じゃなく、“させた”んだろ?」
エルがちょっとだけ誇らしげに言うと、イアは苦笑した。
「ありがと。エルがいてくれてよかった」
そのやり取りを背に、ベルンは手綱を握りながら、にやにや笑っていた。
「こりゃぁ、本当に面白い街になりそうだ」
夕方近く、馬車は丘の上に差し掛かる。
その向こうに見えたのは――
瓦礫の壁に囲まれた、崩れた塔。苔むした砦の影に、仮設の家々がぽつぽつと立ち並び、煙突からは細く煙が上がっていた。
かつての帝国の砦、ガリレア。
それは“壊れかけ”で、“再生途中”の街だった。
けれど、イアの目には、その姿がどこか――眩しく、見えた。
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