第13話 残された魔法陣
敵が去った後の森は、奇妙なほど静かだった。
光属性ランク8回復魔法の二重発動で魔力をだいぶ消費してしまった。
「ぐうっ」
突然なる魔力反応により魔力が切れかけたせいで流魔の反動のためにかけている常時回復の魔力がなくなった。
頭が割れるように痛み、視界がゆがむ。
そんな時、マーリンのローブ内のポケットから、布に包まれた厚紙のようなものが滑り落ちた。
拾い上げ、包みを解くとそこには一枚の古びた羊皮紙。
中央には、かつて見たこともないほど精緻な魔法陣と、びっしりと走る銀色の呪文文様。
その隅に、マーリンの筆跡でこう書かれていた。
『万が一、私にいつか来る時のための再召喚陣。
魂をつなぐために、私の寿命の一部を対価として込めておいた。
起動は、イア。君に託す。』
私は震える手で魔法陣を地面に展開した。
羊皮紙に込められた陣式が空中に浮かび上がり、周囲30メートルを覆うほどの巨大な魔法陣が、空間に転写されるようにして出現する。
重なるようにして、空と地に輝く二重螺旋の式が回転を始めた。
それは――この世界の大陸という枠を超え、“あの存在”を呼ぶための召喚式。
「……エル。お願い、来て。
マーリンが……あなたを信じて、私に託してくれたんだから……」
魔法陣の光が最高潮に達したとき、地面に走る銀光が収束し――
中心に、淡い黒炎と雷光のような気流が巻き起こる。
風が荒れ、空気が震え、魔素の粒子がねじれる。
その中心に、静かに現れたのは――
エル。
その瞳に宿る意思は鋭く。
だがその視線は、地に伏すマーリンと、涙を浮かべた私へとすぐに向けられた。
【……これは、マーリンの命の術式か。
……まったく、しょうがないな。】
声は静かだが、風にたなびく白い毛と、流れる魔気が“覚悟”を物語っていた。
【来たよ、イア。とりあえず、マーリンの隠れ家に帰ろうか。】
敵の気配が完全に去ったのを確認すると、エルはイアとマーリンを乗せて隠れ家に帰ってきた。
マーリンは私の使っていたベッドにそっと横たえられ、私が慎重に手当てを進めていく。
その脇で、エルは窓辺に立ち、外を見ながら呟いた。
「……この家、変わってないんだな。
でも、マーリンは変えちまった。自分の命を、“術式”に。」
私は無言で頷いた。
マーリンは、敵に立ち向かうため、そして“イアを守るため”に、自らの命を礎として、エルを再召喚する魔法陣を用意していた。
その代償は大きく、今のマーリンは魔力の流れも弱くなり、残された時間が少ないことは明らかだった。
「イア。」
ふと、エルが振り向きながら言った。
「お前、まだ“実践”での魔力の動かし方、体に叩き込んでないだろ。」
「……うん。マーリンは、明日からって言ってた。
でも……もう、“明日”は来ないかもしれない。」
エルは頷き、そして一歩前へ出る。
「なら、俺が教える。今すぐに。
短時間で叩き込むぞ。“生きたまま戦うため”の、最後の制御術だ。」
エルは手を伸ばし、私の両手を軽く握った。
その指先から、微かに魔力が流れ込んでいく――まるで呼吸を合わせるように、互いの魔力が繋がっていく。
「目を閉じて。
マーリンが言ってたろ? “魔力は意志の呼吸で動かす”って。
私の流れを感じろ。
魔力は“力”じゃなく、“意図”で動くんだ。」
私は静かに頷き、目を閉じた。
次の瞬間、エルの背後に浮かぶ黒い魔力が、静かに波を打った。
それは私の体に、緩やかに、しかし確実に流れ込んでいく。
「自分の中心にある魔力の核を見ろ。“魔核(コア)”は、どんな魔力も通る場所だ。
今、お前のそこに触れてる。感じるか?」
「……感じる。すごく……熱い。」
「よし。その熱を、ただの熱として流すな。“意味”を乗せろ。
“敵を止める”“味方を守る”――その意志が魔力を導く。
命令じゃない。“願い”が魔力を動かすんだ。」
私の掌から、淡い、けれど確かな意志をもった光だった。
「……できた……?」
エルは静かに微笑んだ。
「今のは合格。だが次は、戦場でやってもらう。
感情が乱れても、恐怖があっても、思考が鈍っても、魔力を“通せる”奴だけが、生き残れる。」
イアは真剣なまなざしで頷いた。
ベッドの上、深く眠るマーリンの呼吸が、わずかに乱れた。
だがイアは、もう泣かなかった。
――それは、マーリンが最後に望んだ“成長”を、
今、彼女が手にした証だった。
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