第9話 番外編No1「エルの王国調査」
あのあと、どれくらいの時間が経ったのか分からなかった。
気がつけば私は、マーリンの横に座り込んでいた。
「……動いちゃダメだよ。マーリン。血が止まらなくなる」
自分でそう言いながら、震える手でマーリンの肩を支えていた。
服は血に染まり、私の指先までも赤くなっていた。
「……泣くな。イア。人はいつか死ぬ。」
マーリンは、いつもの調子で笑おうとしていた。
でもその笑顔は、いつもの優しそうなそれとは違って、
どこか…痛みに耐えるような、寂しげな笑みだった。
私はまだ弱かった。
恐怖に足がすくんで、声は出たのに、体が動かなかった。
あの男の前で、私はただの“子ども”でしかなかった。
それでもマーリンは。そんな私の頭を、左手でやさしく撫でた。
「それでも、イアは優しいよ。」
ぽつりと、そんなことを言ってくれた。
「逃げればよかったのに、逃げなかった。強い心を持つ魔法使いだよ。」
でも私は思ってしまう。
逃げなかったって、それはただ――動けなかっただけ。
森に風が吹く。木々がざわめき、空が落ちてきそうなほど暗かった。
マーリンの呼吸は荒くて、傷は深い。
けれども、マーリンの魔力は右手の止血でほぼ使い切ってしまっている。
一人で抱えきれない何かが、心の中でざわざわと鳴っていた。
(……エルが、ここにいてくれたら)
ふと、そんな弱音が胸をよぎった。
でも彼は今、ここにはいない。
だから私が頑張るしかない。
マーリンが感じ取れないレベルの精密かつ隠密的な無詠唱で
光属性ランク2回復魔法
安心したのかマーリンは眠ってしまった。
眠っているを確認してから発動するのは超級レベルの魔法。光属性ランク8回復魔法の二重発動。
「「サンクタリオ・ホーリーフィールド」」
傷が見るうちにほぼ回復していく。
ほんとはエルに手伝ってもらいたいが、彼は今私の知らないところで、きっと、別の“戦い”をしている――。
* * *
空気が澄んでいるはずの朝の王都は、どこか淀んでいた。
白い外套をまとい、エルは石畳の大通りを静かに歩いていた。
その表情に迷いはない。ただ、瞳の奥には、深い警戒の色が宿っている。
彼が向かっているのは、王立魔導図書庫――
かつて、自らの手で封印した“神銀狼の魔道書”が眠る場所だった。
《あれが……再び目覚めるようなことがあれば――》
そう考え足を止め、振り返る。街はかつてよりも静かすぎる。
王都にはかつての仲間の姿もあった。だが、再会の中でエルは気づいた。
多くが立場を変え、王国の中枢に組み込まれていた。
そして、その空気は――確実に変質していた。
「……まさか、“あれ”を再利用しようとする動きがあるとはな」
酒場で耳にした噂。それは無視できない“兆し”だった。
政治が揺らぎはじめた王国で、
エルはただ一人、静かに、かつての封印に向き合おうとしていた。
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