第11話
暑さをやり過ごしながら、午前中に宿題などの勉強をしてお昼を食べ、午後は図書館に行くのが僕の夏の日課だ。
将生と比呂とは相変わらずゲームで会話するし、夏休みに入って美天に会ってからは、たまに図書館で待ち合わせして勉強するようになった。そして、あれから斎藤くんも部活や塾がない日に合流することが増えた。怪談話がきっかけというのも奇妙な縁だけれど、友達になれてよかったと思う。みんなとは、八月の終わりの週に遊びに行く予定を立てていた。普通の中学生らしく。
――その日は、誰とも予定が合わなくて一人で図書館で過ごした後、気分転換に近くの公園に歩いて行った。この公園には、昔から近所の友達と何度も来たことがある。
外気は熱気と湿気を含み、日差しは強かった。暑さで膨張したような空気のなか、午後の公園は誰の姿も見えない。僕は辛うじてある木陰の下のベンチに座り、持ってきたペットボトルのお茶を飲んでしばらくぼおっと風景を眺める。
(流石にこの暑さで、昼間の公園に来るのは愚行かな……)
風はほとんど通らなかった。単に暑いだけで、外に出て汗だくになってしまったことをうっすら後悔し始めていた。
ふと、視界の端を何か白いものが横切った気がした。そちらに視線を向けると、暑さで揺らぐ空気のなか、遊具の端に子供がいるのが見えた。
白っぽい服の、女の子。
(――え)
瞬きして目を眇めて、よく見ようとしても顔までははっきり見えない。その子供は、ドーム型の遊具の脇に立ち、じっとこちらを見ている。
ものすごい暑さのなか、僕は首の後ろから急激に冷たい汗が吹き出し、心臓がぎゅっとなるのを感じた。――『白い少女』。
驚いたことに、それは悠に見えなかった。
顔色も着物も白く、髪の毛は肩まで。ただ、顔が……。
僕の中では、『白い少女』は悠だと推測していたのに、背格好は悠とそっくりなのに、僕の知っている悠とは似ても似つかないナニカだった。そのことにショックを受け、じわじわと恐怖が這い上ってくる。
昼間に遭遇するはずがないのに。
(――悠じゃないなら、アレはなんだ)
黒々とした視線は、遠い昔に感じたことがある気がして、僕は必死で考えを巡らせていた。視線を逸らせたらどうなるのかもわからず、身じろぎもできない。
「――おい!!」
いきなり後ろから声を掛けられて、僕は体が飛び上がった。
反射的に後ろを振り向くと、公園の植込みの向こうに知らないおじいさんが険しい顔でこちらを見ている。
僕は急に声を掛けられたことに驚いたけれど、ハッとしてもう一度遊具に視線を戻しても、もう『白い少女』は見当たらなかった。
(……消えた?)
急に緊張が途切れて少し放心していると、さっきのおじいさんが公園内に入ってきて、心配そうに声を掛けてくれた。
「……おい、大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「あ、はい。……すいません。帰ります」
暑さなのか寒気なのか、自分でもよくわからずぼんやりしながら、とにかく帰ろうと立ち上がると、足元がふらついてしまう。
「おい、ちょっと」
おじいさんが体制を崩した僕を支えてくれた。足元がおぼつかない。
「参ったなこりゃ。ちょっと待ってろ」
そう言って僕を座らせたおじいさんは、公園の水道でタオルを濡らして持ってくると、僕の額に乗せた。気持ちいい。
乗せられたタオルの冷たさを感じていると、おじいさんは近くの自動販売機で、冷たいスポーツドリンクを買ってきてくれた。
「ちょっとこれを飲んで。落ち着いたら家まで送っていくから」
と、隣に座った。
「……すいません」
もらったスポーツドリンクを一気飲みすると、半分くらいまでなくなった。もう一本買ってくれた水で、首の後ろを冷やすように言われる。
濡れたタオルとペットボトルの冷たさ、スポーツドリンクのおかげでようやく頭がはっきりしてきた。
「君は、佐伯さんところの子供だろう。こんな暑い中、公園で何をしているんだ」
おじいさんが話しかけてきた。
(僕を知っている?)
驚いた僕に、佐伯さんには町内会でお世話になってる、と話す。そうだった。おばあちゃんはこの町に長く住んでいて情報通だし、知り合いも多い。
「佐伯翔斗です。……ちょっと公園へ散歩に来たら、暑さでボーっとしちゃったみたいで。あの、タオルとペットボトル、ありがとうございました。お金払います」
頭を下げた僕に、おじさんは手を横に振る。
「いい、いい。そんなこと気にするな。私は
そう指さした先は、公園から見える木造の一軒家だった。
「歩けるようなら、ちょっと涼んでいくといい。佐伯さんには連絡しておこう。
……少し、話したいこともあるし」
そう言って歩き出した。迷っていると、先に立ってこいこい、と手招きする。
――少しの話って、何だろう。
その言葉が気になり、付いていくことにした。
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