第6話 元運輸大臣
これはこれはお久しぶり。
私の話を聞きたいというのは君たちかな? わざわざ党本部までご足労いただきまして。
いえ、今仕事の方は立て込んでいないので。
そりゃ追い返せませんよ、あなたの先輩のゴルチェさんにはいろいろお世話になりましたから。
それにしても、あなたの方からお話がくる時がくるとはなぁ。私も歳をとったものだ。
ええ、この時期は党大会も終わって時間もありますもので。
世話役ともなるとまぁ、いろいろありまして。しばらくは大臣とかよりも党の若手の世話とかを中心にやっていくことになるでしょうね。
いやいや、大統領なんて、あの椅子もなかなか大変なのは近くで見てるといろいろわかってしまうものでしてね。まぁ、お話があればですよ。
さて、今日はどういったご用で。
「怪盗紳士」か……いやぁ、ひさびさにその名前を聞いたなぁ。もう20年も前になりますかね。
いや、覚えていますよ。あれほど強烈な体験も、そうはないものだ。
※
あの頃の私は……そう、ちょうど今のあなた方と同じぐらいの年頃だったんじゃないかな。
父が元々大臣をしていましてね。健康状況の悪化でその座を退かなくてはならなくなった時に、父が「後継者は絶対息子に」と言い張りましてね。
大学を少しは父の手伝いはしていましたが、いきなり運輸大臣ですからね。
それでもまぁ、若かったんだろうなあ。
「年齢が出来る出来ないの理由にならない。若者だから出来る新しい発想」とかなんとか考えていましたよ。
その頃の内閣、と言ってお分かりになるかどうか。
皆、革命時の英雄で、あの修羅場を乗り越えてこられたベテラン揃いで。父が退いて私が初めての革命後世代の大臣となったと、当時はいろいろ騒がれたものでした。
あなたのところからもかなり取材に来られていたんじゃなかったかな?
ですがまぁ……その頃の「英雄」方がどういう風だったか、今のあなた方の方がよくご存知だ。
公私の区別もつかず癒着べったりな状態、大局に立てずに一部の現場にばかり偏った政策をする、政権に都合のいいように事実を曲げてなされる政府発表、対外的な危機感から減らすに減らせない防衛費、中で何をしているのか伺い知れない大統領府、そして一言でも批判を許されることのない偉大なカリスマの大統領。
……健全じゃないですよ、偉大ではあるかもしれませんが、健全じゃあない。
それでも私はその中での一番の新参で一番の若造でしたから、なんとか彼らの眼鏡に叶うようなものにならなければならないと必死でしたね 。
父から「これを持っていれば彼らの助力をえられる。絶対に手放すな」といい含められた割符……これについては反怪盗紳士キャンペーンの中でも触れられていましたからご存知ですね ? それをお守り代わりにしてなんとか次々と流れ込む仕事をこなしていました。
それでもやはり至らないところも多くて、ある日他の閣僚の方から「その割符の意味を分かっていない」となじられたことがありましてね。
あまりにもカチンときたものですから、「なら、それを少しいただけばその意味を分かるでしょうか」と食べる真似をしようとしたら全力で止められましたが。……まあ、若気の至りですね。
最初は書状が届いたんですよ。ええ、怪盗紳士から。
……「月影」と言うのはあまり好きじゃないんですよ。 あのキャンペーンですっかり「呪われたもの」扱いになってしまいましたからね。
書状の内容ですか? 長い間にあれもなくしてしまったからなぁ……。
うろ覚えで覚えているところだけで言うなら……。
『運輸大臣殿』と。
『書状を差し上げる無礼をお許しいただければ幸いです』と。
『あれは元々本来の持ち主があり今現在それを保管する権利者が存在しております』
そして『あの様なものに頼ることは前途洋々たる貴君の未来に暗い影を落とす』
しかも『できますれば当方よりお伺いし権利者への橋渡しとして当の割符をお預かりできれば』と。
そして『拒否された場合先の産業大臣と同じく当方より回収にあたります』
最後に『1週間後までにコワント・ル・ヴェール紙に了解の意を広告として出していただければ』とまで来て 堂々と「怪盗紳士」の署名がありましたよ。
最初に見た感想ですか?
実はあの手の書状、色々くるんですよ、大臣とかやってますとね。いちいち気にしていたら何も出来なくなる。
ただ、その時にその書状だけ父の判断を仰いでおいた方が良いと思ったのは、 あの「割符」 に関わる事だったから、でしたね。
一般人があの 「割符」のことなんか知るわけないじゃないですか。あれを大事にしていたのは革命時から権力の座にあったあの一握りの人たちだけですよ。
それで我が家で一番その価値を分かっている者として父の意見を聞いたわけです。
その文面を見た父には何か心当たりがあるようでした。
しかしそれについては何も語らずに、「とにかく絶対に渡すな」の一点張りでした。
今から思うに、それを奪われることよりも、奪われることであの一派から責められる事のほうを恐ろしがっていたのではないか、と思うのですが。
その時に大統領にも知らせようかと思ったのですが、そのような父に大反対されまして、「一人であれを守りきり、相手と対応できればグッと評価が上がるのではないか」と言われるにあたって、私も内々で対応することにしてしまったのですよ。
それから一週間、様々なつてを使って警備員を増やしたり防犯の仕掛けを取り付けたり、やってきた当人を当局に突き出すつもりで様々な用意をしました。 政務の合間に行っていたのでかなり大変でしたが。
1週間後の指定の日、私はいつも通り政務に出ました……新聞広告は無しで。
帰宅した時に異変は感じませんでした。
ただ、あれほど配備していた警備員の姿が庭に全くないのには気が付きましたが。
期日が来たので「割符」の周り中心に警備を敷き直すことにしたのか、それとも賊がすでに入り込んでそれを捕縛したのかもしれないと思いつつ、対侵入者用に「割符」の保管室として定めた部屋へと足を進めたのです……いつもいる使用人たちの姿すら屋敷内に見えないことに何の疑問も持たないまま。
……当の部屋のあかりは消えていました。窓が大きく開け放たれ、夜風にカーテンが大きくはためいていて、そして、誰かが「割符」のそばに立っていました。
警備員ではないことは一目でわかりました。豪奢なマントにシルクハット、どこの夜会の帰りかと思われる様な格好の警備員はいません。
月明かりを背景とし、暗がりになった顔をよく見ようと一歩部屋に足を踏み入れた途端、目の前に、その黒い影が立ちはだかって、囁いたのです、私に。
「これを失わなくては己の未熟さに気づけないのか」
そして次の瞬間、みぞおちに強烈な当て身をくらわされ、私は床に悶絶して倒れ込んだまま気を失ってしまったのです……。
1週間寝込みましたね、体を鍛えてはいなかったので。
病気療養のため辞職ということになりました。あれを奪われるような者に大臣の椅子は任せられないと上の人たちが判断したのか、奪われたことに恐れをなした父が逃げるように辞職手続きをしたのか、未だにはっきりとはしません。
怪盗紳士とはどんな人だったかですか?
さっきも言いましたように、よく姿かたちが見えていたわけではないんです。言葉もその一言しか交わしていませんしね。
ただ 、言っていたことは間違いではなかったな、と今なら思います。
辞職後、父の療養も兼ねて田舎で暮らしていた私のところへ声をかけてくださる方がいて、もう元の大統領一派もいない状況だと言うのに反対する父を押し切って、下働きの一から学んで行ったのですが、自分があまりにものを知らなかったことを思い知らされましたよ。
父から譲られた「割符」に縋って曲がりなりにもよく大臣なんて言えたものだと、今更ながらに冷や汗が出る。
あれを失うまで気がつこうとしていなかったんですよ、自分の未熟さに。
なったからには何かできるはずだとがむしゃらになって、その立場の中で一から学んで行こうとする謙虚な気持ちも、助けていただいている方々への感謝もまるでなかった。
だから今でも私はいろんな方々のお話を聞くことにしています。
どんな方の話でも私を常に成長させてくださる。そう、思い知らされましたからね。
※
期待にはそぐいませんでしたかね。すみませんね、これぐらいしか私には彼について知っていることがないものですから。
また、こちらに余裕がある時にでもおいでください。 おっと、 次の総選挙では我が党をよろしく。
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