第7話 貧民街のハーブ屋

 はいはいはい……。


 あら、またお前さんなの。こんな婆さんの所にこうも通うなんて……。


 申し訳ないけど、もうこの歳じゃ殿方との夜のお相手はしてなくてさ、若い子紹介してあげるからそっちへ行ったらどうなの。


 ……おや今日はお連れさんがいらっしゃったの。


 もちろん冗談ですよ。この人はね、勘の悪い先輩に影響されて、こんな婆さんがあの「怪盗紳士」の一味だなんて信じこんでんですよ。


 ……あら、そちらさんもなの。


 毎回この記者さんには言っているんですけどね、私は「怪盗紳士」になんてのには一度もお目にかかったことなんかないし、協力したこともないんですよ。


 ……まぁ、こんな時間にこんな戸口で押し問答ってのもなんだから、お茶でも上がって行きなさい。手土産に果物も持ってきている様だし。

 ……そっちの先生に免じて今回だけだよ。



 商売もので悪いんですけどね、ウチのハーブティーですよ。


 私は今、これをやっていましてね。

 この辺りじゃ金がかかるから医者にかかれない連中も多くて、そういうの相手に祖母やそのまた祖母あたりから言い伝えられてきたいろんな効き目のハーブをね、少ぉし仕入れてんですよ。

 ……昔の仕事のよしみで口を聞いてくださった方もいらっしゃいましてね。


 だから、あたしゃ真っ当な仕事してんだから。お前さんの先輩がなに吹き込んだか知りはしないけど、「怪盗紳士」なんてもんにゃお目にかかったこともないんだよ。


 ……ということではそちらの先生が空振りになってお困りかもしれませんけどね。

 でもまあ、なんだって「怪盗紳士」なんかを?


 ……絵本? 子供向けの? 


 ……まぁ、その革命詩人の偉い先生もまた、はた迷惑なこと言いなさったもんで。

 そらそうでしょう。そのせいであたしゃ私はこうして痛くもない腹を探られてんですから。


 先生はこちらの生まれじゃない様ですけど。……ああ、あのあたり。じゃあ、この辺のことなんかご存知ないでしょう。


 分かりましたよ。これも何かの縁だ。


 この辺りの事を全くわかっちゃあいないらしいお若いお二人さんに、この辺りのことについて少しお話ししましょうかね。そしたらあたしとその「怪盗紳士」とやらが関係ないことが分かるかもしれない。


 ……後で経費で少しハーブ買っておくれよ。



 外から見たらどうかはしませんけどね、この町に住む貧乏人とと言ってもいろいろいるんですよ。


 親が代々ここの貧乏人だとか、外で何かやらかして逃げ込んできたのとか、外の暮らしについていけなくてここに転がり込んできたとか、革命前なんか政敵に追いやられて没落してここにやってきたお貴族様なんてのもいましたね。そういうのはだいたいここの暮らしについていけなくて体を壊して亡くなったりするのも多かったけれど。


 そんなもんはここで生まれた子たちにはあんまり関係ありませんでね、あっちも貧乏こっちも貧乏な中、泥だらけになって転がりまくって遊び回って。


 だけど周りの大人がそんなのばっかりでしたもんでね、自然と遊びの中に盗みやかっぱらいやそういうのに手を染めたりすることもあったんですよ。


 そのうち大きくなるとここから出ていきたいと思うようにもなってくることもあるもんですけどね、元手になるものとかがないとなかなか難しくてね。

 ……お金だけじゃありませんよ。勉学とかね、技術とかね、規律正しい精神とかね、いるんですよ色々と。


 だいたいがそうやって売り出せるのが自分しかないと悟って、自分を売りますけどね。

 日雇いの労働者とか、強面のガードマンとか、ヤクザな道に入るのとか。女ならまぁ、「女」ですわね。


 さっき言ってた元々お貴族さんとこの子はちょっと事情が違いましてね。

 家の方で色々仕込まれてるんでしょうね、血筋も悪くはないから品がいいのもいてね。

 そういうのが「自分」を元手にするにしても周りがまわりなもんだから、いわゆる詐欺師みたいなことをする者もかなりいましたよ。


 ……そういうのがいるからお前さんの先輩も「怪盗紳士」がこの辺りの出じゃないかと思ったんだろう?


 そうやって何とか出て行けた者もいれば、帰って来ちまうのもいましてね。


 せっかく手に入れたものをすっかりなくしちまって落ちぶれたのとか、外で何かやらかして逃げ込んだりとか、外の暮らしがやっぱり馴染めなくて戻ってきちまったりとか。

 革命後だと、うっかりお偉いさんたちのことを悪く言って外にいられなくなったりってこともありましたっけね。


 そういう連中に元からいた連中がどうこう言うこたぁありませんよ。

 誰にも後ろ暗いとこがないわけじゃないですからね。自分たちに迷惑さえかからなきゃ何もいいやしませんよ。それどころか追手の方に思うところがある時には逆に守ってやったりもするし。


 ……お前さんはここに来る時どの道を通ってきたの? ……帰りにはなくなってるかもしれないからお気をつけなさいな。


 あるんだよ、そういうことがこの街じゃ。


 住んでる人間がひょいっと気が向けば、道なんて消えるし現れる。

 ある人間が通った道に住民たちが大きな箱やガラクタを次々と積み上げて袋小路にしたり、人が住んでいた部屋の裏口を開けて通り抜けられる道にしたり。


 警察のお偉いさん方がね、いくらこの町の地図を持ってたって何の意味もありゃしませんよ。そういう道の出来方を知ってるかどうか怪しいもんだから。


 ……そうさね。その「怪盗紳士」とやらがそういうのをよぉっく知っていて追手をまいたってことはあるかもしれないね。


 あたしがそれをやったかどうかだって……?

 おまえさん、そういう連中が外のやつにそういうのを言うとでも思っているの? あたしは怪盗紳士なんてのには会ったことなんかありゃしないよ。

 ……たまに顔出す昔馴染みの連中との付き合いだけで手一杯だからね……。


 そんなに怪盗紳士のことが知りたいの? 知ってるなんて言う奴なんかにろくな連中なんか……。


 ……本当かどうかはわかりはしないけどね、会ったっていう子がいたよ。

 正直私は怪しいもんだと思うけど……会いたいかい?



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