第5話 優しいその手
――現実はそんなに甘くはなかった。
わたしは使った覚えのない綺麗なリュックサックを担ぎながら、空を暴れ回るジェットコースターを呆然と見上げていた。
絶叫ものアトラクションにはつきものの、黄色い悲鳴が入り交じったこのテーマパークで、わたしは一体なにがしたかったのかな。……今はそれすらよくわからない。
――もう、帰りたいな……
初めはグループで回っていたけど、やっぱりわたしは歓迎されなかったらしい。
一緒の女の子たちは何かとわたしをグループから追い出そうと必死だった。
直接、「出て行ってよ」と言われたわけじゃない。それはよかった。傷つく機会を回避することができたから。
でも、わかってしまうのだ。彼女らの些細な仕草や、言葉で。
「タイチくんが言うから、お前をここに置いてやっているんだ」というのを感じ取ってしまう。……実際そうだなんだから仕方がないんだけど。
わかってるよ。そんなことは百も承知だった。それでもわたしは……みんなと一緒にいて、お話がしてみたかった。
もしかしたら気が合うかもしれない。実は楽しいかもしれない。そしたら友達になれるかもしれない。
そんな小さな希望を持っていた。ちょっと浮かれすぎていたのかも。
でもやっぱりダメだった。わたしはわたしだった。
グループ行動中、自分から声をかけることは一度もできなかったし、相手から声がかかることもなかった。やってくるのは、早く帰りたいという衝動だけ。
タイチくんが頻りにわたしとみんなとの間を取り持とうとしてくれていたけど、逆に悲しいだけだった。
そんな光景をどこか遠目に見ている自分がいて、余計に不安な気持ちは加速した。行きのバスで我慢していた腹痛が、ぶり返したのだ。
みんなに断ってからトイレに行ったつもりだったけど、実際聞いていてくれたかはわからない。……わたし、声小さいし。
そしたら、案の定。置いてけぼり。
わたしはトイレの前からジェットコースターを楽しむみんなの声を聞いているだけだった。
いつものわたしだった。
ああダメ……泣きそう。
ふとしたときに襲ってくる気まぐれ水分が、じんわりと瞼の中で生み出されていく。
残念なの? ほっとしているんじゃないの?
あのグループにいたってちっとも面白くなんかないのに、わたしはみんなに置いていかれて独りぼっちにされたことが悲しくて泣くの? 独りでいることなんていつものことじゃん。今日が遊園地で特別だから? 実は楽しみにしていたから?
「ユウナ、ユウナ」
リュックの中から頭を出したリーヴが、手を空に向けた。
「空が綺麗だ。雲が一つもない。星がたくさん見えるよ」
「……まだ、朝だよ」
わたしは気付かれないように涙を拭ってから、空を見上げた。
「星は朝でもあるよ。明るくて見えにくいだけで、そこには在るんだ。ボクには見える」
「……ふうん。だから朝でも“
しばらく二人で真っ青な空を見上げていると、リーヴが指差した。
「ぜひ、アレに乗りたいな」
青い背景をバックに連結された、長い車両が悲鳴と共にレールを流れていく。
「ジェットコースターのこと?」
「そう、ジェットコースター。なんと言っても呼称がいい。形から入るのボク好きなんだ。なんだかとても凄そうじゃないか」
「ふふっ……、何それ」
そうだ。今わたしは独りぼっちなんかじゃない。わたしだけのヒーローが、リーヴがいるんだ。
わたしは下がっていたばかりだった頬を上げて、リーヴを見つめる。
「……悪かったね、ユウナ」
「えっ……? なんでリーヴが謝るの」
なんについての謝罪なのか、わたしが思いを巡らせていると、
「いや、君の平和な日常を崩してしまっているのは間違いなくボクだからね。地球のためだと言っても、きっと迷惑だろう」
「……そんなこと、ないよ……わたしね、リーヴが来てから、実はちょっぴりワクワクしているんだよ」
「ワクワク?」
「うん、ワクワク。まるで物語のなかのヒーローのお手伝いができてるみたいで、わたしとっても嬉しいんだよ。だから早く悪者でないかなーってちょっと思ってるの。へへ、悪い子かな」
「いや……平気だ。なんといってもボクがいるからね。せいぜい君のヒーローになれるように頑張ってみるさ」
「ちょっと、せいぜいってなにー? 余計なんじゃないの、今の言葉」
「ああ、すまない。悪気はないんだよ。まだ少し言葉は難しくってね。大目に見てやってほしい」
「大目に見てほしい、でしょ」
「そう、正にそれだよ。ハハハ」
リーヴはケタケタ笑いながら、わたしの肩にひょっこりと乗っかった。
いいじゃない。別に二人だって。
そう思った矢先だった。
「おーい、ユウナー、何一人で人形に喋りかけてんだよー」
「ふぇ!? ……ま、マナミちゃんっ」
目前を通りがかったマナミちゃんが身を乗り出し、凄い形相でわたしに食いかかってくる。
「それって……この前の人形だよな、なんか色違うけど」
きっとこの前の夜のことだろう。帽子とマントの色が違うことにも気がついている。“
「ちょっとマナミー、早く観覧車いこーよー」
どこかからマナミちゃんを呼ぶ声がする。きっとグループの友達だろう。
「いやこいつの人形がさ……」
「誰それ? そんなんどーでもいいじゃんー、はよ行こー」
どうやらわたしの顔に見覚えがないらしく、さっさとマナミちゃんの袖を引っ張って歩いて行く。一応クラスメイトなんですけど。
「おい、ユウナ、あとで話があるからな、首を洗って待ってなよ」
「ぇ、ええ……」
怖い約束を勝手に取りつけられ、意気消沈するわたしを余所に肩のリーヴが言う。
「あのマナミという少女は……他の子と何か違うな」
「どうして?」
「ユウナのことを何かと気にかけているじゃないか。さっきのグループの少女たちとは違う気がボクにはするんだけどね、でも、君がなんにも感じないのなら、ボクの気のせいなのかもしれないな」
「さあ……よくわかんないよ。マナミちゃん、怖いもん」
「まあ、首を洗って待っていることにするかな」
リーヴが面白そうに顎を撫でながらつぶやく。
「ええ……それはやだなー」
わたしは深い溜息をついた。マナミちゃん関係のことを考えると、つい気持ちが沈んでしまう。何か間違ったことを言うと数倍になって返ってきそうな子だ。言葉は慎重に選ばないといけない。……はあ、なんて言いわけしよう。
「あっ、いたいた、ユウナ!」
次にわたしを見つけたのは、タイチくんだった。
「タイチくん!」
あまりの驚きに身体の中で心臓が急に飛び跳ねた。
見つけてくれたという嬉しさと、妙な照れくささが生まれた。
「ごめん、ユウナ、みんな勝手に行っちゃってさー」
「ううん、別に……いいよ、わたしは」
辺りに、少しの沈黙が流れる。
気まずくなってしまったわたしが、リーヴの体をいじくり始めたときだった。
「……ユウナさえよければ、このまま二人で遊びに行かない?」
「えっ……」
「ほら、手」
タイチくんはわたしの返事を待つことなく駆けだした。
わたしの手を握って。
ふわりと心臓が何か優しいものに包まれたような気がした。
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