第4話 スターパペットの使命
「ふむ……やはり、明日のようだ」
リーヴは青白い月明かりが差し込む小窓から体を出して、ううむと顎に手を乗せた。
「どうしたの? 何かあった?」
わたしはパジャマ姿でベットに寝転び、リーヴを見上げる。
「昨日も言ったじゃないか。小規模程度の『厄災』だが、この付近まで訪れつつある。星占いの結果、それが明日と出た」
「小規模っていうと、どのくらいなの」
「なんとも言えないな、小は小だ。この星で他に喩える方法をボクはよく知らない」
「どうするの? やっつけに行くの? 『厄災』」
わたしは少しわくわくする気持ちを落ち着かせながら、聞いてみた。
この一週間、リーヴは特に悪と戦うことなく、学校に着いてきたり、夜はずっと星空を見上げているだけだった。
「ボクら“
「うん、明日だね」
「楽しい出来事じゃないか」
「んー、どうだろう……まあ、そうだといいなあ」
わたしは髪をかきながら答える。正直複雑な感じだ。
好きな人と同じグループなのは嬉しい。でも、他の子たちと仲良くできるかどうか。
「君のせっかくの晴れ舞台を台無しにはしたくはないんだ。ああ、ボクは一体どうしたらいいのだろうか……現在地球至上で最もボクは困っているんだよ!」
リーヴは星空色の帽子を目深く被って、顔を手で覆い隠す面白い仕草をした。どうやらわたしのことを気遣ってくれているらしい。
わたしはくすりと笑って、リーヴの小さな体を指でトンとつついた。
「なっ、何をするんだい! 倒れてしまうじゃないか」
「ふふっ、どの辺なの、『厄災』。とりあえず場所だけでも調べてみようよ、遊園地の近くかもしれないじゃん」
「……そう言われてもだね、ボクはこの星の地形が」
「これでわからない?」
わたしはスマートフォンの地図情報アプリをタップしてから、リーヴに手渡す。
「なんだい、これ」
リーヴは自分の半分ほどあるケータイに顔を近づけると、興味津々の様子でぺたぺたと端末に触れた。
「携帯電話。スマホっていうの。色々できる便利な機械だよ。地図にもなるの」
「……へえ。ニンゲンの文明にはいつも驚かされる!! しかし、唯一いただけないのは呼称が複数存在することだ。なぜ統一しようとしないのか。これでは何がなんだかわからなくなってしまうじゃないか」
「知らないよそんなの! そんなことより、今わたしたちはここにいるの。わたしの家ね、リーヴが言う『厄災』の場所、これでわかりそう?」
「この携帯スマホ電話、一体どうやって動かすんだい」
リーヴはディスプレイ画面をぺんぺん叩きながら、わたしにきらきらとした瞳を向けてくる。
「何その変な名前」
「面倒だから一つに統一したんだ。意味は同じになるんだろ?」
「言いにくいよ! 長いしっ……!」
「いいんだ、ボクは気に入ったよ、携帯スマホ電話。カッコイイじゃないか。まるでヒーローみたいだ」
「そんなヒーローやだよ!」
わたしはリーヴの代わりに携帯スマホ電話を操作し、ついに『厄災』の場所が判明した。
「これって……」
「どうやら、ボクらの時代が始まったらしい。一挙両得というやつだね。ここから始めようじゃないか。ボクらのヒーロー伝説を!」
リーヴは大袈裟に星空色のマントを夜風に乗せて、バサリと広げた。
なんと、厄災の場所は明日の卒業遠足の地である遊園地を指していた。
「とにかく、わかったからには最善を尽くさなくては。平気さ、君のことは何があってもボクが守る。きっとボクと同じようにこの地にきた仲間たちもこの『厄災』には気がついてるだろうから、運がよければ合流できるはずだ」
「そうなんだ、何人くらいいるの?」
「降りてきた仲間たちは、ボクを入れて六人になる。仲間がどんな媒体に入ったのか知りようがないけれど、ユウナもいるし、きっと平気だろう」
「なんの根拠!」
「ハッハッハ、ヒーローの感というやつさ。この七日間で空から“
「まあ……いいんじゃないかな。テンション高い感じで」
「ほらほら、ユウナもテンションあげていこうじゃないか! さぁ一緒に! ワーイワーイ!」
あからさまにわいわい騒ぐリーヴに、わたしはくすりと笑みが漏れた。
「……ぷっ、なあにそれ」
わたしはバカみたいと内心では呆れていたけど、次の瞬間にはリーヴと一緒に両手を挙げて騒いでいた。
「ワーイワーイ!」
「おお、ユウナ、いいね、君今すごくいいね! あからさまな感じが絶妙にイイ!!」
「ちょっとぉ、自覚あったの!?」
夜通し騒いだ後は、いつも通りリーヴを月明かりが当たる窓際に座らせて、わたしはベットで眠った。
リーブは眠ることができないらしい。わたしが寝ている間も、いつもじーっと窓から眩い星空を見上げているだけ。
「……眠れないのかい?」
「う、うん……。ちょっと……緊張……するし」
わたしは胸で拳をぎゅっと握った。
明日は、タイチくんのグループと、一緒に遊園地を回ることになる。
ちゃんと仲良くできるだろうか。問題なくお話ができるだろうか、嫌われたりしないだろうか。
――友達に……なれるかな。
それにわたし、タイチくんと一緒なんだ……。
そう思うと、途端に顔が熱を持っていく。
ちょっと想像をしただけで、恥ずかしくなったわたしは、枕に顔を埋めた。
「……ユウナは、あのタイチという少年を好いているんだね。なるほど……やっぱりそうなんだね」
「えっ、ちょ、ちょっと、勝手に決めないでよ!」
「ボクが推理するに、ユウナはタイチと喋っているといつも顔が赤くなる。でも他のクラスメイトだと青くなるか、下を向くんだ」
「なっ……」
「つまり、ユウナはタイチに特別な感情を抱いているという線で間違いないと思うのだけれど、何か間違ってるかい? なぜ隠す必要があるのか、ボクには理解できないんだが、君にはそれを証明するアリバイはあるのかい?」
小窓から降りてきたリーヴは、寝転ぶわたしにグイグイと顔に近づけてくる。
指を指されたわたしは、頬を火照らせながら唇を尖らせて、ふんと顔を背ける。
「ユウナ、君はもう言い逃れできないんだ! 諦めて白状するんだね!!」
これが映画なら特殊効果がバーン! と出ていそう。それくらいにリーヴは迫真の演技をしてみせた。
「むぅ……リーヴってば、またお母さんが見てた映画見たんでしょ」
「見た。とてもよかった。ボクもなるならあんなヒーローになりたい」
「あれはヒーローというか名探偵というか……」
「人を救うのがヒーローなんだろう、あのダンディーな男は結果的に婦人を救っていたよ」
「ふーん……じゃあ、ヒーローなのかもね」
「ヒーローは奥が深いな。この部屋にも過去に活躍をしてきたであろうヒーローたちの遺影が祀られている」
「遺影って……死んでませんから! あれはアニメのフィギュアです!! もう寝る! お喋りは終わりだよ、リーヴおやすみ!」
わたしはお腹の上でぴょんぴょん跳ねるリーヴを掴んで、いつものポジションへと戻した。すると、リーヴが真剣な表情をして言う。
「フィグマ……また不可解なワードがボクを襲う」
「フィギュアね。はい、おやすみ、リーヴ」
「ああ、気になるなあ、ユウナ~、君が眠ってしまったら、ボクはとても退屈だよ」
わたしはうーんと考えてから、勉強机に向かい、本棚から国語辞典を引き抜いて
リーヴの元に置いた。
「わたしが寝てる間はこれで遊んでてね! おやすみ!」
「おお……なんだか大きいのがきたぞ……今宵は君がボクを楽しませてくれるんだね。ハッハッハ、楽しみじゃないか、きたまえ、さぁ!」
国語辞典に話しかけるリーヴを余所に、わたしはベットに入り込んで目を閉じた。
いよいよ明日は遊園地だ。
大きな不安の中に、楽しそうと思える気持ちが少しだけ芽生えていた。
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