第三十一話 宇宙

 ――やっと取り戻した視力が映し出した世界は、さっきまで脳が記憶していたものとはまったく異質なものだった。


「どこだ……ここは」


 どうやら……ずっと彼方まで飛ばされてしまったらしい。真っ暗な音のない世界にぽつんと浮かんでいる。


「ここ……宇宙?」


 椎名が小さな口をあんぐり開けて、瞳をあちらへこちらへ忙しなく動かす。


「マップ……宇宙だって。とんでもなく広い、どんだけ縮小しても縮小してもウィンドウに表示しきれないわ」


 エリアマップを確認する美羽は青ざめた顔で口をぱくぱくと金魚のようにさせている。エリアマップの端には現在ナチュがいる地名が表記される。


 先ほどまでは“色彩町”と表示されていたが、今は――“宇宙/A1CXX-D9879-PLOTS-ZX98LL-C23A9+O1……”となっている。一体何桁くらいなのかすらわからない。ウィンドウの枠からはみ出ている部分に関しては省略されているから見えなかった。一体なんの暗号なんだろうか。永遠に続くプロダクトコードのように数字が羅列されている。


「宇宙……か」


 空が目の前に広がる空間を遠い目で見つめている。

 そもそもなぜ宇宙空間で呼吸ができているのかと思ったが、ナチュが張っている透明バリアのおかげなのだろう。


 とても……不思議な感覚だ。


 無音だが、こううう――と継続的に音のようなものが鳴っているように感じる。

 そんな真っ暗な空間の中で一際輝いている美しい球が見えた。俺たちのよく知る惑星、地球。どのくらいの距離なのか見当もつかないが、この位置からは手に持った卵大くらいに見える。


「もっと先かと思ってたよ、宇宙旅行に行けるのは」


 涼介が呆然としたまま告げる。


 俺は数年間死んでいたが、涼介と同じくまだ宇宙旅行をするには早すぎると思った。


「……なんかさ、恭一郎先生が昔言ってた地球創世の話を思い出したんだけど、俺たちがこの星で生まれて生きてたってこと、ほんとに奇跡に感じる」


 俺は暗黒の中できらきらと瞬く星々に目を奪われながら語る。椎名が言葉を重ねた。


「地球が誕生して、私たち人類が地球に生存を始めて、この惑星で捕食者の頂点としている君臨している現状は奇跡そのもの。だから世の中のすべてのことをありえないの一言ですべて片付けることはできないと私は思ってる。今だって、涼介くんの言うトンデモファンタジーみたいなものじゃない? でも、私たちはその中で生きているんだよ」


 椎名がしみじみと言う。

 彼女がありえないと片づけなかったからこそ、今の俺がいる。『今まで俺が生きてきた自分自身の記憶』と、『俺が死んでから今に至るまでのダイジェスト的な記憶』と、『違う宇宙で生きていた俺の身体に残っていた記憶』の三つの記憶を持った俺が。


 俺の脳内では三つの記憶が棲み分けられていて、今のところ混在してるわけでもないし精神異常を起こしているわけでもない。というか、もうそんなことはどうでもいい。


 俺たちはしみじみと宇宙に見入りながらその美しさに溜息を漏らした。


「なんか……色んなことがどうでもよくなってくる」俺の思考を読んだように空がぼやいた。


「……おっぱい」


「は?」


 突然言い始めた涼介を複雑な表情で見るのは美羽。突然隣でそんなことを言われたら、立て続けに起こった事件によるショックでおかしくなってしまったのかと疑うのもごもっとも。涼介は誰にも視線を合わせることなく呟く。


「言いたかっただけだ」


 真っ黒な次元に俺は生命の神秘を感じた。ここにはきっと森羅万象のすべてが存在している。


 なにもかもが、ここを発端にして始まっては終焉に向かっていくのだ。

 そしてこの宇宙でさえも、数あるうちの一つでしかなくて、俺たちは幾千と存在する宇宙の中で、自分たちの生きる世界のほんの少しの情報さえ、知り得ていないという。


 俺たちの暮らす地球はそんな広大な『宇宙樹』の中でも、肉眼で確認することができないほど小さな存在だ。この地球が存在しようが、消滅しようが『宇宙樹』にとっては些細なことなのだろう。そんなか弱くて脆い地球に『終焉種』なんてものを送らせるまでに追い詰めてしまったのは、俺たち人類に他ならない。


 だからと言って、ごめんなさい私たちが悪かった。と俺は思わない。なぜなら俺たちは住処を荒らしてでも、自然を破壊してでも、いい人生を謳歌するように先代から伝えられてきたからだ。ぶっちゃけ、地球環境のことなんか考えていられない。人類は自分たちのことで手一杯で、地球と人類の関係は今後もそのように続いていくのだ。


 優れた知能を持った人類は己の暮らしを豊かにするため『宇宙樹』をも驚かすほどのテクノロジーを生み出した。実際、それがないと今の人類社会は成り立たない。地球至上最高の知的生命体の進化の兆しを止めてしまうことにもなりうる。それは人類にとっては相当な痛手で、人類の最も優良な部分が根こそぎ奪われてしまうようなものだ。


『宇宙樹』はきっとこう訴えている。地球に自然が誕生したことでお前たちのような生命体が芽吹くのは予想していた。しかし、自然を破壊するなど許さん。宇宙の理は私を中心に回っているのだ。自分たちで首を絞めているのがわからないか? なにが知性的だ。もうよい、お前たち種全体の答えを訊かせてもらおうではないか。回答次第では地球滅亡も覚悟しておけ。


 そんなトンデモファンタジーが俺の頭の中で目まぐるしく超展開を繰り広げる。

 つまりこうなることは必然で至極真っ当な結末だってことだ。ならばこの展開から俺たちが為すべきことはただひとつ、『宇宙樹』に先代の出来事を謝ることでもなく、白旗を上げて許しを請うことでもない。あくまで人類として最期まで生きること。エゴイストならエゴイストなりの信念と理念を持って『宇宙樹』に答えることだ。


 ――勝手に俺たちの住処にさせてもらっているが、この星は俺たちの物だ。今後も自然破壊や地球汚染を繰り返していくことになると思うが、大切な地球を渡すわけにはいかない。人類のために俺たちは戦う。――そう、きっとこれが俺たち地球のエゴイスト集団の答え。


「……戦おう。みんな。地球を守るために」


 俺はそう呟く。みんなもコントローラーを手に取り、ナチュの頭部に集まる。


 改めて半透明のウィンドウに注目する。ナチュのHPゲージは既に赤色に点滅していて、一割も残っていない。椎名による回復も微々たるもので間に合っていない。


「ナチュ?」


「…………みゅぅ」


 ナチュはしばらく寝ていたのか、俺の声で目を覚ますと大きな躰を揺すった。


「ナチュ……ナチュの陣の一員として、もう少しだけ頑張ってほしい……頼める?」


「……みゅうっ」


 ナチュは当然だと強気な表情を見せ、宇宙空間に反響させるように啼いた。


「涼介、ナチュのHPが赤くなったときにだけ発動できる超必殺技がある。それを撃とう」


「待ってたよ、その指令を」


「カオスナチュもすぐにこっちに来ると思う。なんとなく……だけど」


「地球と今のあたしたちがどんだけ離れてると思ってんのよ。来れるわけないじゃん」


「なにをいまさら。なんでもありだろ、このトンデモファンタジー怪獣対戦にはさ」


「多分次の超必殺技が正真正銘……最期の一撃だと思う。しかも五人で協力する必要がある。チームワークが大切だ。ナチュの陣の底力見せてやろう!」


 俺はメンバー全体の志気を高めるように大声を出した。

 危機的状況のときだけに使える超必殺技は、五人でコマンドを入力しないといけない。


 涼介はウィンドウに映った必殺技の効果を確認すると、一瞬呆気にとられるが、やがて○ボタンに親指を添えてナチュの陣に目配せした。


「い、行くぞ……」


 涼介の震える指が○ボタンを押す。――地球の命運をかけた運命のコマンド入力が始まった。


 ウィンドウには余計なものは一切表示されていない。画面には対象者のデフォルメされた顔のアイコンと、残り秒数を表示するバーだけが目の前に表されている。カウントダウンが始まった瞬間、コマンドが出現する――。

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