第十五話 少年少女妄想宇宙創造論

「……え、ビッグバンですか?」


「そうだね、ビッグバン理論は実に有名な説だ。今から一三八億年前に起きた大爆発によって宇宙は生成され、膨張していったという説だね。幾数年に渡り人類が辿り着いた宇宙誕生の謎を解明する鍵であり、この世で最も重要視すべき理論だ。……では少し考えてみてほしい。もしこの理論が存在しなかった場合、宇宙はどう創られた? 君たちの創見に期待するよ」


 父親のように片肘を立てて俺たちを眺める。先生の興味は空から俺たちへ移ったようだ。


「そんなの簡単よ、きっと神様がつくったのよ。ある日とつぜん、ばーんってつくったのよ」


 そう意見を述べたのは美羽。


「美羽くんらしい。して、その神は宇宙が生まれる前は一体どこでなにをしてたんだい?」


「神様は優しいから生まれてくるあたしたちのことを考えて、神様の世界から宇宙をつくってくれたの。あたしたちが地球に暮らすみたいに神様たちの世界で生きてるってだけよ、もちろんその世界はあたしたちからは見ることもできないけどね!」


「……すべてのものや出来事には、必ず原因があり結果がある。だから宇宙で物体が運動をするには原因がないといけない。原因となった出来事が存在して初めてその宇宙で運動をしたということを証明することができるんだ。でも原因となった出来事自体にそもそもの原因がないと、その出来事は発生しないだろう? そうやってどんどん根本的な原因へと遡っていってしまうのが現在の科学だ。しかし宇宙に『始まり』があったのだとすれば、無限に遡行することはできない。根源のスタートラインにいつか必ず辿り着く。それ以前には絶対戻れない。それが『神』。私たちの考えを根底から覆す“神の存在”それこそが宇宙誕生の起源だと、美羽くんは言っているんだね。うむ……実に面白い意見だ」


「え……っと……あたしそんなにむずかしいこと考えてたつもりじゃないんだけど……」


「そうかい? その柔軟な考えはとても素晴らしいよ。なんたって何百年も昔の哲学者たちと同じことを言っているんだからね。ニュアンスは違えど根源は一緒だ」


 恭一郎先生が満足そうに鼻息を漏らすと、次は涼介が語り始めた。


「おれは宇宙人が作ってきたんだと思うぜ、宇宙をさ」


「ほう……。聞かせてくれたまえ」


「宇宙は元から宇宙人の配下にあって宇宙人たちのナワバリ争いが起こると、やがて宇宙戦争が勃発するんだ。最初の宇宙はすげー小さかったんだけどその戦いが原因でどんどん宇宙を破壊していっちゃって、気がついたら宇宙は広大になっていたんだ。卵の殻を割るみたいにさ。だから今も宇宙人たちは日々宇宙を開拓していってるってわけなのさ」


「最初から宇宙はあったってことかい?」


 恭一郎先生は涼介の話を茶化さずに真剣に訊ねた。


「しらね。でもなんかの拍子に生まれちゃったんだよ、そんで宇宙爆誕ってわけ! わはは、あ、流れ星だ!」


 涼介は笑いながらトンデモ宇宙創世秘話を語り終え、夜空に流星を見つけた。


「なるほどなあ……」


 恭一郎先生は無精髭を掻きながらう~んと喉を鳴らし、瞼を閉じる。


「恭一郎先生……こいつの言うことなんてテキトーなだけ……そもそも話の趣旨とズレてる」


「なんだと空! じゃあ次お前言ってみろよ! 考えんのむずいんだぞ意外に!」


「ははは……じゃあ次は空くん」


「宇宙は最初からあった。原因も理由もなく、宇宙は宇宙として最初からそこにあったんだ。それは何億年前も前から変わらない。人間が地球から観測できる範囲なんて無限に広がる宇宙のほんの一点でしかない。だから宇宙人だってそこら辺にいるだろうし、地球そっくりの星だってあって人間より頭のいいやつが暮らしてるかもしれない。でも距離が遠すぎてお互い干渉することはできない……。ボクたちはそんな無限の宇宙の中で点として生きてきているんだ」


 語り終えた空が自分のことを“ボク”と言ったことに俺たちは一番驚いた。


「ふむ……空くんは年齢のわりに達観しているね。そこがまた君らしい。君の考えもまた僕は否定できない、なにせ宇宙は広大すぎる。人間が視認するのには限界があるというのも実に現実的だ。ちなみに一点訊きたいんだが、空くんは宇宙に終わりがあると思うかい?」


「宇宙にも終わりはあると思う。無限ってさっき言ったけど、そもそも無限って言葉にも限界があると思うから。ボクたちが無限と認識できている時点で無限には終わりがある気がする」


「『無限』という言葉が現状使えるのは私が知る限り“宇宙”と“数字”だけだ。この二つは常に膨張を続けている。……ちなみに君たちは現状の数を表す単位として最上級とされているものがなにか知っているかい?」


「え、なんだろ……一・十・百・千・万・億・兆・京・垓……」


「……無量大数」


 健気に指を折りぶつぶつと呟く美羽を余所目に、空が数字の最大単位を切り出す。


「大半の人はそう答えるね。でも実は数字なんていうものに上限はないんだ、例えば君たちの知っている「無量大数」に1を足してみたらどうだい? その時点で桁が繰り上がってしまうだろう? その時点で「無量大数」は数の最大値ではなくなってしまうんだよ」


「なるほど、たしかに」


 涼介はさも当然のように頷く。本当にわかってんのかこいつ。


「無量大数を超えるような大きすぎる数値のことを“巨大数”と言うんだ。さっき数字は無限だと言ったばかりだけど上限値をつくること自体に私はロマンを感じるよ。数学の証明として取り扱われた最大級の数値が『グラハム数』と言うんだが、どのくらい大きいのかというと、この全宇宙にある物質をすべて紙とインクに変換して数字を印字してもまったく足りないとされてる。大きすぎて指数での表記が困難なデタラメな数字だ。……だが数学界で認識されている一番大きい数字『グラハム数』にも1を足してしまえばそれはこの世でもっとも最大級の数字になって――」


 俺は後半から聞くのをやめた。数字は嫌いだ。


「――というように数字というものは私たちが創り出してさえしまえば終わりがない。『無限』は限界を持たない数値のこと、と言ってしまえば簡単に聞こえるかもしれないが私たち人間は認識した有限の世界でしか物事を知ることができない。だから『無限』というものが一体どういうことであるのか、厳密に理解することは非常に難しいんだ。……今の話を聞いて君たちは宇宙が有限だと思うかい? 有限であると仮定するなら、宇宙の外側に広がる空間は果たしてなんと定義することができようか……それとも数字と同じように無限大で、その広大な空間を今も膨張し続けていると思うかい? さあ、君たちはどう考える!?」


「……あのっ……わらしっ……もうっ……よくわかんないでふぅ」


 椎名の頭が沸騰したやかんのように湯気を出した。きっとみんなわかっていないから平気だ。


「……少し難しかったかい、すまない。君たちの考えがあまりに面白かったのでつい興奮してしまった。いやあ、子供の感性には驚かされる」


 ……俺は恭一郎先生の感性に驚かされる。


「じゃあ次は椎名くん……」


「わかんない、わかんないもんっ……」


 椎名は頬を膨らませてむくれる。


「……でも、凄いと思いました。そういう壮大なお話って聞くの好きです。いつか自分なりに色々調べて理解したいです」


「そうか……椎名くんはいずれ大物になるかもしれないな」


「えぇ!? なんでですかっ……ぜったいありえないです!」


 椎名は身体を起こして頬を染めながら手を忙しなくブンブン振った。


「そんなことはない。自分の可能性を決めつけてしまうのはそれだけで君たちの生きる道を大きく狭めてしまうよ。人生は無限大さ。数字や宇宙のようにね」


 ――きっとこの言葉が一番響いたのは他でもない椎名だろう。


「……じゃあ最後に海斗くんの考えが聞きたいな」ついに自らのターンが回ってきたようだ。


「おれは……宇宙には外側があると思ってます」


「ほお!」


 恭一郎先生はわかりやすく満悦の笑みでおれの言葉に耳を傾ける。


「宇宙は広大です。無限大かどうかは今回置いとくとして、きっととてつもなく広いはずです。でも、それにも終わりはあって、その終わりを超えるとまた宇宙があると思うんです」


「多次元宇宙論か」


 聞き慣れない言葉を恭一郎先生は呟くが、俺は気にせず続けた。


「ここからはちょっと空の考えも借りますけど、おれたち人間が確認できる宇宙なんて海の中の小魚くらいに思うんです。だから宇宙の終わりに違う宇宙があったって、なにもおかしくはないんじゃないかなって」


「やだ、海斗なんか恭一郎せんせ乗り移ってる? こわ」と美羽が言う。乗り移ってねーよ。


「だからこう考えました。宇宙を取り囲む宇宙がきっとあるって。……おれたちの住む日本は、世界から見れば小さな島国の一つでしかなくて、地球でさえ宇宙から見れば数え切れないほどある惑星の一つだと思うんです。……そしてそんな広大な宇宙はその外側にある違う宇宙から見たら無限のように存在する一つの宇宙でしかない。こう考えるとおれたちはどんだけ小さくなってるんですかね、そう思うと不思議だなあ」


「ふむ。海斗くんも面白いことを考える。ああ、楽しいなあ」


 恭一郎先生は満足そう笑った。


「あー、もう頭こんがらがってきたわ。 理科のテストお前よかったっけ?」


「はは、わかったよ。じゃあ総括して私が現在最も信憑性があるとされている宇宙の歴史について説明してあげよう」


「ぼく頭がパンクしちゃうよ恭一郎ぉ!」


 誰かがそう呼んだ。そんなやつ一人しかいないが。


 やがて指を宙に立てて恭一郎先生は言った。できる限りわかりやすく説明してくれていたが、当時の俺はあまり理解していなかった。だからこの際、しっかり聞いてみることにしよう。

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