第十四話 夜空のペルセウス座流星群
どうだ参ったかとでも言いたげな恭一郎先生は白けた俺たちの顔を顧望した。
「本気で言ってるんですか?」
俺はみんなの気持ちを代表してそう答えた。
「無論本気だよ。こうなってしまった私は誰にも止められないのだ、実験せずにはいられない。やめられないとまらない、それが私の研究心」
昔のCMみたいなことを言いつつ恭一郎先生はナチュの背中に触れる。
「ナチュ。私を今から二十年前の一九八三年の七月にタイムスリップできないかね」
「ちょっと恭一郎せんせ! せんせがタイムスリップするのは勝手だけどあたしたちはどうなるの! どーやってこの山奥から帰るのよ!」
「きっと私が過去へタイムスリップした時点で、一九八三年七月の時間軸の観測者が私に決定し、現在私たちがいるこの二〇〇三年の七月の時間軸は消滅、再構築されるのではないかと思う。バタフライ効果に基づくとタイムスリップ後の私が取る些細な行動のズレにより、今とは違う未来が生み出されることになるだろう。まあそれを視認できるのは私だけになっていると思うがね」
「んもぅ~、なに言ってんのよ! 全然わかんないのよ! チョウチョが好きなら明日の朝まで待ちなさいよ! そうすればきっと捕まえられるわよ、それがバタフライなんちゃらよ!」
「ふむ……駄目か……もうちょっと願いごとっぽくやらないといけないのかもしれん」
美羽の言葉が届かない恭一郎先生は、髪を掻きむしってナチュに両手を当てて声を荒げた。
「ナチュよ!! 私を今から一九八三年の七月へタイムスリップさせたまえ!! さあ!」
「あっ、この人マジでやりやがった! おいどーすんだよほんとにタイムスリップしたら!」
「涼介くん……きっと大丈夫だと思いますよ」
唯花さんが落ち着いた声で微笑んだ。
結局――辺りが光に包まれることも、恭一郎先生が姿を消すこともなかった。
「……椎名くん。今は何年の何月何日だい?」
「今はえっと……二〇〇三年の八月十二日です……」
「そうか、失敗か……くっ……一体なにがいけなかったのか、さっぱりわからない」
タイムトラベル十一の理論を呪文のようにぶつぶつ唱えながら恭一郎先生はその場に崩れた。
「……でもよかった。恭一郎先生がタイムスリップしちゃわないで」
椎名がその場に座り込む恭一郎先生に近寄ってふふふと微笑んだ。
「椎名くん?」
「だって……恭一郎先生がいなくなっちゃったら、わたしかなしいもん!」
「椎名くん……」
恭一郎先生は瞳を少し潤ませると尻を叩いてその場で立ち上がった。
「そうだな、私にはナチュの陣の君たちがいる。君たちを置いて過去に行ったりなど絶対にしないさ、ありがとう椎名くん」
椎名は恭一郎先生に頭を撫でられるとに頬を染めた。
「どの口が言ってんだか……バタフライなんちゃらがあーだこーだのクセに!」
美羽が敵意をむき出して憤怒していた。相当さっきのことがムカついたのだろう。
「あはは、美羽くんさっきのは私なりのジョークじゃないか。そんなに怒らないでくれよう」
フランクな口調で美羽に頭を下げる恭一郎先生だったが、ぷいっと頬を膨らませて美羽は集団から離れて行った。いや絶対にジョークじゃなかった、とその場の全員が思った。
「って――わあ!……ちょっとみんな見てみなさいよ!」
美羽が夜空を指差して笑顔をこちらへ振りまいている。
そこには眩く光り輝く月と星々が広がっていた。
空全体が宝石を塗した巨大ドームのように感じる。とにかく美しかった。山奥の天頂から見上げているせいか、紺色の空に輝く星々がより際立っていて、天の川もびっくりするくらい煌めいている。こんな星空は生まれて初めてだった。
「おっと、もうこんな時間か……いつの間にかすっかり時間が経ってしまっていたんだな。もうそろそろペルセウス座流星群の活動がピークになる頃だ。じきに流れ星が観られるよ」
「あっ、恭一郎先生、あれが夏の大三角……ですか」椎名が自信なさそうに指でなぞる。
「周りと比べて一際光ってる三つの星デネブとアルタイルとベガ、この三つの星を結んだのが夏の大三角だね。私が子供の頃は大三角と言われていたんだがね。……中でもベガとアルタイルは七夕で有名な織姫と彦星だ。あの二つの星の間を川みたいに流れているのが天の川」
恭一郎先生は優しい口調で、懐から取り出した懐中電灯の光を空に当てながら説明していく。
「わあ、本当に綺麗ですねえ……天の川って私初めて観ました」
唯香さんはきらきらと輝く夜空を眺めて胸の前で手を組んだ。
「七夕かあ、そういえば今年は短冊に願いごと書かなかったなー。まあいいか、ナチュが叶えてくれるんだもんな、おれたちは。なあナチュ」
涼介は怪しげな笑みでナチュを見る。
「あ、そうだ唯香くん。シートがあったよね。持って来てくれないか」
大きなシートを広げると、恭一郎先生は靴を脱いでそこへ寝そべった。
「この体勢が一番よく見えるんだ、ほら、みんなもやってみなさい」
シートに寝そべって七人は川の字で空を見上げた。ナチュは端っこで猫のように首を丸めていた。俺は恭一郎先生と椎名の間だった。落ち着かなかったことを覚えている。
恭一郎先生は星々の名前と由来を懐中電灯で説明してくれた。光が星でいっぱいの空を指す。
実は宇宙もすぐ近くにあるんじゃないかと思えて、とても不思議だった。地球で寝そべる俺たちと宇宙に浮かぶ星々とでは、途方もない距離が離れていることを知っているのに。
「――あれがペルセウス座だね。こう結んでいくと、剣とメデューサの首を持った英雄が現れる。あそこを中心に流星が放射状に流れる。放射点と言うんだ。今回の放射点はペルセウス座だから、あの辺を中心に見ているといいよ」
「あっ――流れ星見えた!」
突然叫んだのは空だった。今まで聞いた中で一番大きい声だった。大人びているとはいえ、やっぱり子供だ。
「え? どこどこ」とみんなが首を振ってきょろきょろ見渡すが、流れ星っぽいものは見当たらなかった。
「きっと小さい流れ星だったん……」
「あっ、出た!」
恭一郎先生の言葉を遮って声を上げたのは椎名で、空とは違う方向を指差していた。
椎名の指先を追いかける途中――別の空に出現した流星を俺は確認した。
大きな流れ星で、見えていた時間はおよそ二秒ほど。一閃の光はすぐに消えてしまったが、通った道筋に煙のようなものが見える。後で知ったが、流星痕というやつだ。
「うわ~、なに今の凄くない!? 煙出てたわよ!」
「あっ! また出た! やば、めっちゃ来てんじゃん今!」
みんなで次々に出現する流れ星に歓喜する。流星は休むことなく俺たちの前に姿を現し、コンマ一秒にも満たない小さなものから、流星痕を残留させていくものまであった。
恭一郎先生が俺たちに質問をした。
「君たちは――宇宙ってどうやって創られたんだと思う?」
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