第1章 旅立ち
第1話 獣の少女
街の大通り、両脇にはいくつものお店が軒を連ねている。自慢の品を店先に並べ、行き交う人の目を楽しませていた。
今はちょうど、陽が一番高いところに位置する時間帯。明るく照らされた通りには活気が溢れていた。
そんな表の道に背を向け、狭い路地を奥へ奥へと進んでいくと、その雰囲気は一変する。
表に対しての、裏の通り。
物理的な意味はもちろん、そこに生きる人も「裏」の職を生業にするものが多いところ。
狭い道を背の高い建物の背中同士が挟み、せっかくの陽射しもここには届いていなかった。舗装されず、むき出しになった土の道には点々と水溜りができている。
風通しもよくないのか、土埃で空気はくすんでおり、なにかが腐ったような臭いが常に漂っていた。
道行く人の服もどこか薄汚れていたり、色褪せていたり、或いはほつれていたり、破れていたりと……、表を行く人々とは対照的だった。
そこに身なりの整った男が歩いていようものなら、当然人の目を引いてしまう。
男は30代半ばくらいだろうか、俯き加減で足早に裏通りを歩いていた。すれ違う人からは常に視線を逸らし、その挙動から顔を見られたくないのが伺える。
しかし、ここの道に慣れてはいないのか、時折、足を止めては辺りを見回していた。
やがて男は、路地の角に座り込んでいる1人の女性に声をかけた。
声をかけられた女性は、頭の上の片耳をピクッと小さく動かした。どうやら彼女は、「獣人」といわれる種族のようだ。
栗毛の長い髪が顔全体を覆っており、そこに猫のような三角の耳がちょこんと乗っかっている。
所在なさげに空を見つめていた彼女は、男の声を聞いて視線をそちらへ向けた。長く伸びた前髪がはらりと横へ流れ――、これまた猫を連想させる真ん丸な眼が露わになる。
女性の顔立ちは、「少女」と形容する方が相応しそうな、幼さを残したものだった。
「あれあれ? オジサマ、あたしを訪ねて来た? ひょっとして――、お客さまですか?」
男は2度ほど顔を左右往復させてから、続けてまたも2度、縦にこくんと頷いた。その表情には明らかな焦りと恥じらいが見てとれる。
「お日様がこーんな高いところにあるのに……、オジサマも好きですね!? それで! どーいうのがお好み? お望みですか!?」
傍から聞けば、「怪しい会話」であることは間違いない。――にもかかわらず、獣人の少女はまるで声を潜めようとはしない。一方で男の方は、しきりに声をおとすよう訴えていた。
彼は少女に顔を寄せ、声を殺してなにかを伝えている。そして、一通り話が終わると1つ咳払いをして、少しの距離をとった。
少女はニッと口角を上げると、近くに置いていた皮製のポシェットを引き寄せる。そこから彼女が取り出したのは――、よく使い込まれた絵筆だった。
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