碧い瞳の天使
武尾さぬき
序章
第0話 呪いの絵
「お坊ちゃん……、今日もお部屋から出てこないらしいわよ?」
「もう何日目? ずっと引き籠りっぱなしじゃない?」
「私、噂で聞いたんだけど――、例の絵を見てしまったせいじゃないかって……」
お屋敷のエントランスホール、3人の若いメイドが箒を片手にひそひそと噂話をしていた。彼女たちの話題の中心は、御年15となったこの家の一人息子について。
どうやらここ数日の間、ずっと自室に籠ったままで、外に顔を出していないらしい。
その原因が体の不調であったり、あるいは生来の性格によるものだったなら――、こうした好奇に満ちた噂の対象にはならなかったであろう。
問題はその原因――、彼女たちが口にした「例の絵」にあった。
この屋敷には、「決して見てはいけない」といわれている、1枚の絵が保管されている。その謂れについてメイドたちは知らない。
ただ、この家の人間にとって無下にはできない代物であることは間違いなかった。
誰の目にも触れないのなら捨ててしまえばいい、或いは――、仮に高価なものなら売ってしまえばいい。
ここで働き、絵の存在を知る
今は使われていない屋敷の一室に保管されているその絵は、1日に1度、必ずあるべき場所に置かれているか、確認するよう言いつけられている。さらに掃除も念入りに――、わずかな埃でものっていようものなら、きついお叱りを受けるという。
しかし、その絵は今、話題の中心にいる子息の部屋にあった。
彼は例の絵を持ち出して、自室に籠り、メイドたちが噂しているこの瞬間もじっとその絵を見つめていた。
睨み付けるわけでもなく――、だからといって、なにかを観察する目でもない。まさに「目が離せない」といった様。
それは例えるなら――、流れ星を探して星空を見つめるが如く。いつ訪れるかわからないその一瞬を見逃すまいと――、そんなふうに見えた。
そんな彼を呪縛から解き放ったのは、扉を叩く音。ただ、「ノック」と呼ぶにはあまりに品性を欠いた大きな音。それに続けて、聞こえてきたのは大人の女性の声だった。
「――お母さま? 一体何事ですか? そんなに大きく、それに何度もドアを叩かなくても僕には聞こえておりますが……?」
「あーら、あらあらあら? そう聞こえてたのね? ちなみに――、それはいつからかしら?
部屋の扉を小さく開けると、そこにあったのは笑顔でいながらも、明らかに苛立っている婦人、彼の母親の姿であった。
ブロンドの長い髪に、透き通るような白い肌。15の子をもつ母には見えないほどにその姿は若々しい。
皮肉めいた言い回しで、苛立ちの大部分を吐き出した彼女は、開いたドアから部屋の中を覗き見る。そして、そこに「例の絵」があることを確認するのだった。
「あぁ……、まぁ、もぅ――、お父さまからあれほど『見るな』と言われていたはずなのに……、とうとうあなたも見てしまったのね?」
深いため息を吐き出すとともに、婦人は絵を一瞥してそう口にした。そして、断りを入れるでもなく、部屋の中へ入っていくと、さらに近くでまじまじとそれを見つめる。
「お母さまはこの絵を――、いいえ、この人を存じているのですか?」
「そうね。『この人』はともかく、『この絵』については知っているわ。とても――、とてもとても美しい絵よね」
「はい! 僕もそう思います!」
並んでその絵――、「肖像画」を見つめるふたり。不思議とふたりの視線はある一点に集中していた。それは、深い青色をした肖像画の瞳。
「見てしまったのならお話しないといけないわね? この絵の――、『
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