第30話、ダッシュツ

「補償はしてもらうからね」

 ローズヒップは大声で言った。


 カスマールは、相変わらず、首都、”ヒミコ“に急ぐように言っている。

 ローズキャラバンは、最低限の取引と補給だけで、首都に向かっていた。


「チッ」

 カスマールが不満気に舌打ちした。

――俺にたてつきやがって、首都についたら見てろよ

――イッザウ様に言いつけてやる


「カスマール……」

 クルックが抑えようとした。


「黙れ、奴隷の子がっ」

 魔紋の影響だろうか。

 長男に何かあれば、クルックが”エンバー家’を継ぐ可能性も十分あるのだ。

 カスマールは怒りながら去っていった。


「う~ん、良くないね~」

「うちの船籍は、‘アールヴ“何だけどね~」

 ”アールヴ“と”モンジョ“、二国間の正式な通商許可証を持っている。

 下手すると外交問題になりかねない。


「すまない……」


「はは、気にするんじゃないよ、それに」

――魔紋の影響だろうしね


 ローズキャラバンは、通常の半分の時間で首都、”ヒミコ“についた。

 指定された港に、飛行艇”ヨモツヒラサカ“を下ろす。


「クルック、話が胡散臭いね~」

「何かあったら、うちに逃げてくるんだよ」

「いいねっ」

 ローズヒップが小声で言った。


「ありがとう」

 クルックとカスマール、そして”ヨモツヒラサカ“についていく形でフィッダが、船から降りた。


 

 首都、”ヒミコ“は、巨大な”ヤマタイ湖“のほとりに造られていた。

 東には、”竜の台地“

 厳しく切り立った台地の崖から、巨大な滝が流れ込んでいた。

 ”ヤマタイ湖“からは、八つの河が流れ出ている。

 時には離れ、時には合流し、遥か西方、”アールヴ首長国連邦“を越え、海まで続いていた。

 広い範囲で水田が作られ、豊かな穀倉地帯になっている。



 クルックとカスマールは、”モンジョ古王国“の百何代目かになる女王、”ヒミコ“と謁見している。

 女王、”ヒミコ“は、”国巫女“と呼ばれ、国の行く末を占う儀式を担(にな)う。

 国の運営は、各族長の合議制で行われた。

 王宮は木造で、入口で靴を脱いだ。

 広い板の間の向こうの一段上がった場所に、御簾(みす)が下がっている。

 女王だろう。

 座っているシルエットだけが見えた。

 御簾(みす)の横に男性二人が、座っている。

 

「はるか、南からよく来た」


 シャラン


 微かに鈴の音がする。

 若い女性の声だ。


「はい」

 クルックとカスマールは、正座をして頭を下げている。


「わらわは、女王”ヒミコ“である」 

「奴隷売買の話か」

「何やら、手土産もあるというな」

 

 クルックとカスマールは、頭を下げたままだ。


「そちらの”イッザウ“と話すがよい」

 微かに鈴の音を残して、女王は立ち去った。


 女王は、国の行く先を占うが、政治に口は出さない。


 二人が頭を上げる。

 イッザウと呼ばれた男性に、カスマールは”エンバー家“からの手紙を渡す。

 イッザウは、南西の”アールヴ“の国境に接した土地の族長だ。


「こちらは、オチホキャラバンの代表、”ギール“だ」


――オチホキャラバンッ、この男がフィッダのキャラバンをはめたのか?

 クルックが、ピクリと表情を動かした。

 イッザウは、クルックの表情の変化を見逃さなかった。


「君が、飛行艇の操縦者だね」

 イッザウが言う。


「そうです」


「少ししてから見に行くから、先に行って準備してくれるかな」


「……わかりました」 

 クルックが、先に立ちあがり背を向けた。


「よろしいので?」


「ケガレきった、飛行艇とやらに価値はないだろう」


 残った三人が、クルックの背中を見ながら小さくうなずいた。



 クルックは、飛行艇”ヨモツヒラサカ“の置いてある、格納庫まで戻ってきた。


「クルック」

 フィッダが不安そうに声をかける。


「フィッダ、いつでも飛べるようにしておこう」

 クルックが、機体を確認しようとした。


「おっと、それは無理だねえ」

 手に斧や剣を持った人相の悪い男たちが、物陰から現れた。


「おやおや、お嬢ちゃんとは久しぶりかね」

 リーダー格の男がニヤニヤと笑う。


「つっ」

 フィッダが、唇をかむ。


「フィッダッ」


「……この人たちに、襲われた……」  

 フィッダが、絞り出すように言う。

 

「イナホキャラバンをかっ」

 クルックが周りを睨みつけた。


「はははああ、あの時は、嬢ちゃんだけは、殺さないように『ギール』に言われてたんだぜ」 

「残念だが今回は二人とも、死んでもらうよっ」

 男が手に持った剣で、フィッダに斬りつけた。


「フィッダッ」

 クルックが背中でかばう。


「クルックッ」


「くうう」 

 背中を斬られた。

 パッと血が飛び散る。


「飛行艇に乗れっ」

 フィッダをかばいながら、操縦席に向かう。

 魔紋に、血で濡れた手で線を描いた。

 

 その時だ。


 パアアアア


 ”ヨモツヒラサカ“の魔紋が、虹色に輝く。


「な、なんだ」

 周りの男たちが、驚きの声を上げた。


 バンッ


 勝手に勢いよく、可変翼が開いた。

 近くにいた男たちを、薙ぎ払う。


 ギョロリ


 ”ヨモツヒラサカ“に描かれた目が、漆黒の闇よりも深く、昏(くら)くなった。


「うぎゃあああ」

「み、見るな――」

「ひいいいいい」

 周りの男たちが、絶叫して転げまわる。


 ドオオオン

 

 飛行艇、”ヨモツヒラサカ“が、格納庫から飛び出した。


 クルックとフィッダの手の甲には、黒い目の魔紋が浮かび上がっていた。

 

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