第30話、ダッシュツ
「補償はしてもらうからね」
ローズヒップは大声で言った。
カスマールは、相変わらず、首都、”ヒミコ“に急ぐように言っている。
ローズキャラバンは、最低限の取引と補給だけで、首都に向かっていた。
「チッ」
カスマールが不満気に舌打ちした。
――俺にたてつきやがって、首都についたら見てろよ
――イッザウ様に言いつけてやる
「カスマール……」
クルックが抑えようとした。
「黙れ、奴隷の子がっ」
魔紋の影響だろうか。
長男に何かあれば、クルックが”エンバー家’を継ぐ可能性も十分あるのだ。
カスマールは怒りながら去っていった。
「う~ん、良くないね~」
「うちの船籍は、‘アールヴ“何だけどね~」
”アールヴ“と”モンジョ“、二国間の正式な通商許可証を持っている。
下手すると外交問題になりかねない。
「すまない……」
「はは、気にするんじゃないよ、それに」
――魔紋の影響だろうしね
ローズキャラバンは、通常の半分の時間で首都、”ヒミコ“についた。
指定された港に、飛行艇”ヨモツヒラサカ“を下ろす。
「クルック、話が胡散臭いね~」
「何かあったら、うちに逃げてくるんだよ」
「いいねっ」
ローズヒップが小声で言った。
「ありがとう」
クルックとカスマール、そして”ヨモツヒラサカ“についていく形でフィッダが、船から降りた。
◆
首都、”ヒミコ“は、巨大な”ヤマタイ湖“のほとりに造られていた。
東には、”竜の台地“
厳しく切り立った台地の崖から、巨大な滝が流れ込んでいた。
”ヤマタイ湖“からは、八つの河が流れ出ている。
時には離れ、時には合流し、遥か西方、”アールヴ首長国連邦“を越え、海まで続いていた。
広い範囲で水田が作られ、豊かな穀倉地帯になっている。
◆
クルックとカスマールは、”モンジョ古王国“の百何代目かになる女王、”ヒミコ“と謁見している。
女王、”ヒミコ“は、”国巫女“と呼ばれ、国の行く末を占う儀式を担(にな)う。
国の運営は、各族長の合議制で行われた。
王宮は木造で、入口で靴を脱いだ。
広い板の間の向こうの一段上がった場所に、御簾(みす)が下がっている。
女王だろう。
座っているシルエットだけが見えた。
御簾(みす)の横に男性二人が、座っている。
「はるか、南からよく来た」
シャラン
微かに鈴の音がする。
若い女性の声だ。
「はい」
クルックとカスマールは、正座をして頭を下げている。
「わらわは、女王”ヒミコ“である」
「奴隷売買の話か」
「何やら、手土産もあるというな」
クルックとカスマールは、頭を下げたままだ。
「そちらの”イッザウ“と話すがよい」
微かに鈴の音を残して、女王は立ち去った。
女王は、国の行く先を占うが、政治に口は出さない。
二人が頭を上げる。
イッザウと呼ばれた男性に、カスマールは”エンバー家“からの手紙を渡す。
イッザウは、南西の”アールヴ“の国境に接した土地の族長だ。
「こちらは、オチホキャラバンの代表、”ギール“だ」
――オチホキャラバンッ、この男がフィッダのキャラバンをはめたのか?
クルックが、ピクリと表情を動かした。
イッザウは、クルックの表情の変化を見逃さなかった。
「君が、飛行艇の操縦者だね」
イッザウが言う。
「そうです」
「少ししてから見に行くから、先に行って準備してくれるかな」
「……わかりました」
クルックが、先に立ちあがり背を向けた。
「よろしいので?」
「ケガレきった、飛行艇とやらに価値はないだろう」
残った三人が、クルックの背中を見ながら小さくうなずいた。
◆
クルックは、飛行艇”ヨモツヒラサカ“の置いてある、格納庫まで戻ってきた。
「クルック」
フィッダが不安そうに声をかける。
「フィッダ、いつでも飛べるようにしておこう」
クルックが、機体を確認しようとした。
「おっと、それは無理だねえ」
手に斧や剣を持った人相の悪い男たちが、物陰から現れた。
「おやおや、お嬢ちゃんとは久しぶりかね」
リーダー格の男がニヤニヤと笑う。
「つっ」
フィッダが、唇をかむ。
「フィッダッ」
「……この人たちに、襲われた……」
フィッダが、絞り出すように言う。
「イナホキャラバンをかっ」
クルックが周りを睨みつけた。
「はははああ、あの時は、嬢ちゃんだけは、殺さないように『ギール』に言われてたんだぜ」
「残念だが今回は二人とも、死んでもらうよっ」
男が手に持った剣で、フィッダに斬りつけた。
「フィッダッ」
クルックが背中でかばう。
「クルックッ」
「くうう」
背中を斬られた。
パッと血が飛び散る。
「飛行艇に乗れっ」
フィッダをかばいながら、操縦席に向かう。
魔紋に、血で濡れた手で線を描いた。
その時だ。
パアアアア
”ヨモツヒラサカ“の魔紋が、虹色に輝く。
「な、なんだ」
周りの男たちが、驚きの声を上げた。
バンッ
勝手に勢いよく、可変翼が開いた。
近くにいた男たちを、薙ぎ払う。
ギョロリ
”ヨモツヒラサカ“に描かれた目が、漆黒の闇よりも深く、昏(くら)くなった。
「うぎゃあああ」
「み、見るな――」
「ひいいいいい」
周りの男たちが、絶叫して転げまわる。
ドオオオン
飛行艇、”ヨモツヒラサカ“が、格納庫から飛び出した。
クルックとフィッダの手の甲には、黒い目の魔紋が浮かび上がっていた。
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