第4話「味方がいるからといって、その味方に頼るのにも限度がある」
「なんで見つからないんだよ……」
世の中には検索して見つからないものはないと思い込んでいたこともあって、まさか自分の欲しい情報が見つからないとは思ってもみなかった。
「
独り言を漏らしながら学校の机に伏せていると、視界に知り合いの姿が映り込む。
教室には笑い声が溢れ返っているのに、自分の周りの空気だけは沈んでしまっていることに友人は臆することなく声をかけてくる。
「十二月で、契約切れるんだろ」
高校でできた友人、
インテリ風ってだけでなくガチで勉強ができる上にモデル並みに良い体型をしているから、一部女子からは注目を集めている……らしい?
「それはその……ご家族から?」
「言っておくが、情報漏洩といった類は一切しないからな。俺とおまえが友達だって話を家族が知っているから、それで、おまえの話を聞かされただけの話だ」
赤谷のご家族は、音響制作会社を経営されている音響監督一家。
音響監督っていうのは、声優に対してセリフの演出をしてくれる存在。
声優にとっては欠かせない立場の、とてもありがたいご職業に就かれている家族に赤谷は囲まれているということ。
「おまえ、アプリゲーで役をもらっているだろ?」
「先輩のバーターで、だけど……」
「追加ボイスの収録があったとき用に、うちにいろいろと連絡が入るんだ」
赤谷と初めて同じクラスになったとき、俺は声優を目指している真っ只中。
そんな中、自分の家は音響制作会社を営んでいるって赤谷が挨拶してくれた。
それも、なんだかつい最近の出来事のように思えてきてしまう。
「挨拶は、ちゃんとしておけよ。この業界でやっていくなら、コネは大事になってくる」
「それはもちろん……」
赤谷と友達になったからって、俺の声優人生が彩り豊かなものになるわけではない。
赤谷は特別な贔屓をすることなく、俺と接してくれている。
現に俺は、赤谷のお父様と次女のお姉さんとくらいしか仕事をさせてもらったことがない。
それくらい何事に対しても平等って姿勢を貫く赤谷だからこそ、俺は友達になりたいって思った。
「これから、どうするんだ?」
「別の養成所に通い直したいとは思っているんだけど、何せお金がなー……」
「おまえが通っていたところ、学費が高いからな」
「ふっ……事情を知ってくれてありがとう……」
こんな事情通が近くにいてくれるのは心強いとも言えるのだけど、事情を知りすぎていることに対して笑いのようなものがこみ上げてしまうのは何故だろう。
「ブラックなところかどうかくらいなら、相談に乗ってやるよ」
「物凄く! 助かりますっ!」
音響監督一家で育ってきた人間と、こんな風に知り合いになることができたっていうのも不思議な縁だよな。
これって、俺は声優を目指せっていう定めのようなものを授かっているんじゃないかって……ほんの少し自惚れてみよう。
「にしても、暇になるならなるで、早めに知りたかったな。学校行事とか、高校生のうちにしか経験できないのもあっただろ」
「一応、高校を卒業したあとも仕事あるんだよ……。フリーランスだけど……フリーランスだけど……フリーランスだけど……」
「スケジュール管理とか、営業とか、何より台本を取りに行くの忘れるなよ」
「分かってるよ」
赤谷の言う通り、来年の一月からは俺の面倒を見てくれる人がいなくなる。
事務所がやってくれていたことを全部、自分一人でやり遂げなければいけなくなる。
(誰もが夢を叶えられる場所じゃない、か)
頑張る、頑張るって、思うだけじゃ駄目だってことは痛いくらい分かっている。
頑張ったところで、努力を積み重ねたところで、夢を叶えられる人はごく僅かでしかない。
(気合入れろー……)
これから、どうしようか。
廃業したくないって気持ちだけはある。
だけど、養成所に通ったからって、声優として食べていけることを保証してもらえるわけじゃない。
(これから、俺は……)
赤谷に言われた通り、高校生らしい生活を送ってこなかった。
部活に入らず、アルバイトと養成所と仕事に高校三年間をつぎ込んできたこともあって、放課後になったら部活に行く流れにはならない。
まだ三年生が活動を続けている部活もある微妙な時期だからこそ、一人で過ごす放課後の虚しさをどうしたらいいのか分からなくなる。
「ただいま帰りましたー……」
学業に勤しんだあとは、森村荘に帰るのみ。
事務所にいらない宣告されたときくらいは養成所のレッスンや仕事、アルバイトに集中したかった。
夢中になれるものがあれば、暗い思考に走ることもない。それなのに、今日に限っては何も予定が入っていない。
(この時間帯に、誰かがいるわけがないけど……)
森村荘の管理人である
「和生さん、お帰りなさいっ」
森村荘には、誰もいないと思い込んでいた。
満面の笑みと、地声なのに仕事声と大差ない可愛らしさを秘めた魅力的な声で俺を迎えてくれた人がいた。
「
「今の時間はですね、高校生組しかいないみたいですよ」
「ってことは、
「はい、お部屋にいらっしゃいますよ」
森村荘の中に入ると、引っ越し用の荷物が詰め込まれた段ボールが積み上げられている光景が目に入った。
「段ボール運ぶの、手伝おうか」
「あ、いえ、これから買い物に行こうと思っていたので、お気遣いなさらずに。です」
汐桜ちゃんが所属していたアミュライズプロは、人気若手声優を輩出することに長けている少数精鋭の声優事務所。
汐桜ちゃんは俺とほぼデビュー時期は変わらないにもかかわらず、既に人気若手声優の座を獲得しつつある。
そんな最中に、汐桜ちゃんは事務所を退所した。
「では、行ってきます」
「行って……らっしゃい……」
高校生仲間の汐桜ちゃんが外出してしまったら、自分は結局また一人ぼっちになってしまう。
また見えない未来への暗い思考に囚われそうになって、頭を左右に振ることで考えを打ち消してみる。
「…………」
頭を左右に振ったことで、俺の視界にはある物が飛び込んできた。
女子高生らしい華やかな印象を与える長方形の形をした……。
「…………汐桜ちゃんっ!」
俺の目に入ってきたのはもちろん、汐桜ちゃんの財布だった。
「財布っ!」
財布がなくても生きていける時代になったとはいえ、玄関に財布が置いてあるってことは財布を持って出かけるつもりだったということ。
俺は急いで、森村荘を出て行った汐桜ちゃんを追いかけた。
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