第4章「必要とされていない新人声優」
第1話「物語の主人公じゃないんだから、人生そんなに上手くいかない」
『
新人声優では快挙と言ってもいいくらい、順風満帆すぎて怖いくらいの幸せを手にできている。
だけど、そんなたくさんの幸せを手に入れたおかげで、俺は将来に不安を抱くことになった。
『分かるっ! 和生だけ、ちゃんと指導されてる感じあるもんな!』
養成所時代の同期に、需要があるのは今だけじゃないのかなーなんて不安を吐露したことがあった。
電話がかかってきて同期たちの前から一旦去ると、場は俺への僻みで満ち溢れているのを耳にしたことがある。
『和生の悩みって、贅沢すぎるんだよな』
『俺たちは、アルバイトをやっていかなきゃ食っていけないんだぞって』
いくら仕事をもらっていたって、俺もみんなと同じ立場。
(声優の仕事しまくっている奴に、将来が不安と相談をされたって良い気はしないよな……)
今の需要を継続できるように頑張れよ、なんて言うと思う。
(新人声優の弱音は、陰口に繋がる……)
それ以来、愚痴とか不安とかは自分の中で消化するようにした。
(芸能職って、孤独なんだな……)
養成所を卒業した今も基礎練習をしっかりやって、視野を広げていろんなものを見るようにしてきた。
養成所やスタジオで覚えた礼儀作法は完璧に。
一緒に仕事をする方から好かれる人間になろうって思った。
そうして努力していけば声優として一生食べていける存在になれるって思った。
けれど、そんな努力を続けていたって明るい未来は見えてこない。
(嫌なこと、思い出した……)
声優事務所が直々に運営する、声優事務所付属の養成所に今も通っている俺は担任マネージャーから呼び出された。
「本田坂さん」
「あっ、お疲れ様ですっ!
声優事務所のスタッフが頻繁に訪れてくれる養成所のおかげもあって、俺は養成所に入所して早々に仕事を得ることができた。
縁とか努力とか運とか、本当にいろんな要素が結びつくときってあるんだなって実感した瞬間でもあった。
「早速で悪いんだけど……」
両親からは声変わりのことを心配されたけど、むしろ心配されたのはそれくらい。
あっさりと俺は、声優を目指すための養成所に通ってもいいと両親から許可をもらうことができた。
ここまでは、我ながら完璧な人生設計だったと思う。
「事務所に所属できるかどうかの査定の話だけど……」
声優としてデビューした後も、順調な若手声優人生を送ることができたと思う。
先輩のバーターで仕事を貰うようになって、これが新人声優らしいスタートだなって安心していたところから、俺の人生危うかったということなのかもしれない。
「査定の結果、事務所には所属できないことになりました」
人生こんなに、とんとん拍子に話は進んだりしない。
黒歴史を背負った新人声優が夢を叶えようなんて、そんな奇跡的な快挙を成し遂げる力は俺にはなかったということ。
「弊社では、これから推してあげることはできなくなったってことです」
高校の卒業と同時に、養成所の卒業も決まっていた。
今年は声優事務所に所属できるかどうか、査定のある年度でもあった。
「準所属には上がれなかったけど、今後どうする?」
確かにいただいてきた仕事は全部、先輩のバーターで付かせてもらってものばかりだった。
俺は、オーディションというものにほとんど合格したことがない。
せっかくマネージャーさんが与えてくれたチャンスがあったのに、俺はチャンスをものにすることができなかった。
声優として一番肝心な、役を射止めるということが俺にはできなかったということ。
「本田坂さんは、今年度で高校卒業だっけ? 進路とか、どうした……」
声優の
順調に夢を叶えてきたはずだったのに、俺の声優人生はたったの二年で幕を下ろしてしまった。
(森村荘に住むための条件は……現役声優として仕事をしていること)
順調すぎるくらい先輩のバーターに付かせてもらっていたから、アルバイトと声優の仕事を両立すれば十分にやっていけると思っていた。
贅沢な暮らしはできなくても、贅沢なんていらない。
笹田結奈さんの仕事量を超えることだけを考えてきた。
「俺……俺……」
事務所をクビになりました……。
声優業、廃業です……。
高校を卒業したら、俺は無職になります……。
大学や専門学校の進学を選択せず、声優で食べていくと大見得を切った。
同期の中で一番仕事をさせてもらっていたから、声優で食べていく自信があった。
「仕事……仕事…………」
本田坂和生、十七歳。
自称声優。現在接客業に従事している、ただの高校生アルバイト……。
(っていっても、しばらく仕事はある)
結局、お世話になった事務所の人にも相談できず。
両親に無職になりました、なんて心配をかけるわけにもいかず。
俺は毎日のアルバイト生活で、これから人として最低限の生活を維持していかなければいけなくなった。
「一人で悩んだところで、何も始まらないんだよな……」
住み慣れた町を歩きながら、独り言を零すだけ零しまくった。
こういうのを不審者扱いされてしまうのだろうが、俺の小声での独り言なんて誰も聞いてはいない。
通報してくれる人すらいないくらい、俺は天涯孤独のような気分に浸されていた。
「一言……たった一言でいいから、相談してみれば……」
いつから自分は、こんなにも弱くなってしまったのか。
そう聞かれれば、間違いなく事務所に契約を切られてしまってからだと言えるけれど。でも、それは事務所が悪いわけでもなんでもなく、俺が事務所の期待に応えることができなかったという話でしかない。
(なんで、もっと……人を頼らないんだろう……)
一人っ子としての人生を歩んできたのなら、もう少し甘え上手に育ってもいいような気がする。
(だけど、俺はそうじゃなかった……)
笹田結奈さんを越えることだけを考えて、人として大人にならなきゃだと意気込んだ。
人に心配をかけないように、人に迷惑をかけないようにするにはどうしたらいいか。
俺が空気を読むことで、みんなが幸せになるってことに気づいてしまった。
「契約切られたのに、今更連絡できないよな……」
俺が養成所を辞めた代わりに、次の春からは俺ではない新人声優の子たちが事務所に入ってくる。
先輩のバーターに付くところから始まって、彼らはマネージャーが持ってきてくれたオーディションを次々と勝ち抜いていく。
そして、声優として食べていけるまでに成長していく。
一方の俺は、そんな理想通りに生きることはできなかった。
「このまま終わるのかな……」
考えるまでもなく、声優事務所に所属していない俺が声優として食べていけるわけがない。
このまま声優人生が終わってしまうのは当然のこと。当たり前のこと。
だって俺は、今の声優業界に必要とされていないのだから。
「ん?」
自分が住んでいる森村荘に近づくと、ちょうど共用の玄関あたりで物凄く物凄く怪しい人物が行ったり来たり。行ったり来たりを繰り返していた。
(週刊誌の記者とかなんかかな)
日差しが強い時期でもないのに、大きなサングラスをかけたボブヘアーの女の子が玄関前を何往復もしている。
(こんなに小柄な人が記者なんて、誰も思わないよな)
もう一度、部屋の前をうろうろしている少女へと目をやった。
相変わらず彼女は部屋の前を何度も何度も行ったり来たりしていて、俺に見られていることには一切気づいていないみたいだった。
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