第7話「現役声優が暮らす森村荘」
「ほら、そんなことより、目が腫れてますよ」
「え、あー……また、やっちゃった……」
「世の中には、私の心を揺さぶる作品で溢れすぎているのよねー」
「……ですね」
「この感動と喜びを、どうやったら表現できるのかしら」
笹田さんは、オタク業界を盛り上げている様々なコンテンツに命を注いでいる。
結果、携わった作品一つ一つへの想いが深くなり、感極まって涙を零してしまう。
そんな彼女のことを周囲の人たちもよく理解していて、次第に作品愛深い笹田さんの魅力に引きつけられていく。
「一つ一つの作品を大事にしつつ、たくさんの出会いも経験したいな~」
「……はい」
笹田さんの魅力に引きつけられたが最後。
彼女がやることなすこと話すこと、すべてが可愛く思えてきてしまう。
「もっと業界のために尽くすことのできる、そんな声優を目指していかないとね」
今見せてくれた、雑誌で見かけるような可愛らしい笑顔はまさに極上品。
笹田さんを異性として見ていない人間でも惚れそうになってしまうくらい可愛く見えるのだから、元オタクの俺は本気の本気で困ってしまう。
「
「はいはい、なんでも聞きますよ」
「オーディションか何か、受かったの?」
耳元で囁かれるその言葉に、心臓を強く揺さぶられるような感覚を受ける。
それは彼女に恋をしていたことが原因なのか、仕事のときに使うような抜群に可愛い声を利用してくることが理由なのか。
「いや、え?」
「食事会が楽しかったんだなーって、顔に出ちゃってるんだから」
自分では笹田さんのプロ意識すげーと思っていたはずだったけど、
こういうところも、情けないって思う。
いつまでも笹田結奈さんに踊らされている自分に対してもだけど、役者なのに感情が顔に出まくっている自分が恐ろしく未熟なような気がしてくる。
「笹田さん、目、冷やしてきてください」
「ありがとう、和生くん」
森村荘の住人専用リビングキッチンへと向かうと、食器が触れ合う音が聞こえてくる。
「お疲れ様です」
「おかえりぃ、
リビングに足を踏み入れると、
「和くんは、お茶漬け食べる?」
「いただきたいのですが……笹田さんのお夜食を先に作らせてください」
「は~い」
十色さんはグラビアモデルかって思わせるくらいプロポーション抜群なお姉様で、十八歳以上がプレイできるゲームの業界を中心に活躍中。
夜食の準備してもらっていること自体が、なんだか特別感のある贅沢を経験しているような気さえしてきてしまう。
「また泣いてたの、笹田さん」
黒髪の癖っ毛に黒縁の眼鏡、おまけに物凄い猫背が特徴的なアテンドプロモーション所属の
「今日も素晴らしい作品に巡り合えて、スタジオで大号泣してきたらしい」
「へえ……」」
見た目だけは人気声優とは程遠い位置にいるけれど、俺と同い年にして既にアニメ作品の主人公を何度も経験している売れっ子声優。
ただ、事務所の方針なのかなんなのか、大翔は作品関連のイベントには出席しないことが多い。
「俺も、大翔みたいな生き方したかった……」
「何?」
声優の
「なんで、その見た目で仕事が入るんだよー……」
「芝居が上手いから?」
「その言葉に、返す言葉もないんだけど……」
最短ルートで声優を目指すには、どうしたらいいか。
新人声優業界を研究しまくって、自分の容姿と近しい人物がいるのなら自分が変わらなきゃいけないと思った。
大翔は同い年の高校三年といっても、先にデビューしている先輩声優であることに変わりはない。
似たり寄ったりの容姿の新人男性声優は二人もいらないと判断した俺は、垢抜けるという言葉通りの人生を歩み始めた。
「あー……髪染めるの、面倒……」
よほど奇抜な髪色でなければ、髪を染めることを許可してくれている高校に通っているのは助かった。
そのおかげで、笹田さんには俺が
けど、お洒落に無縁な生活を送ってきた俺からすると、髪の色を維持するってだけでも苦労を伴うことに溜め息を漏らす。
「今から、白髪染めの練習だと思ったら?」
「俺は、白髪が似合うお年寄りになりたいと思うよ」
辛辣な言葉を口にしながら、大翔は手にしている台本に夢中になっている。
なんの作品かなぁとか覗き込みたい気持ちはあっても、守秘義務が関わってくる仕事のため、好奇心を必死に抑え込んだ。
「もっと仕事したい……」
「和生くんは新人の中でも、仕事多い方でしょ」
「もっと仕事がしたいんだって! 稼ぎたい! 有名になりたい!」
同い年の大翔はメイン級の役を次々に獲得していて、アニメ・声優ファンの間で彼の知名度はぐんぐん上昇中。
人前に出なくても信頼を勝ち取っている大翔の演技力に憧れを抱いたところで、欲しい表現力は手に入らない。
「和くんみたいにお金を稼ぎたいって宣言できる新人くんも、なかなか貴重だとは思うけどねぇ」
「それ、表に出るときには、絶対口に出しちゃいけないやつですよね……」
「あら? 稼ぎたいって気持ちから共感を得るパターンを、和くんが見出してみたらどうかなぁ」
「他人事のような返し、ありがとうございます」
パンケーキを作りながら、リビングで台本を読み込んでいる大翔と十色さんを少しだけ視界に入れる。
(今は現役高校生ってところが珍しいかもだけど……)
現役高校生声優も、あと数か月で終わりを迎える。
若さだけでは食べていけないってことを見据えているからこそ、ほんの少し苦しくなる。
もっと希望を持った生き方をしたいけど、自分は自分に希望を与える側の人間になれないから辛い。
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