第2話「友達を想う気持ち」


「人生を遡るように思い返そうって思ってたけど、思い返すならやっぱりあの出来事だよな。あれさえなければこんな事には……」


 そう、あの出来事さえなければ……。



 あれは僕が小学校高学年の時。

 当時の僕はごく普通の男の子だった。

 人に意地悪をしたりされたりする事もなく、一緒に遊ぶ友達もいて楽しい日常を送っていた。

 だけどある日、僕のとある行動と、神崎君という悪い意味で学年で一番目立っていた子の一言で、僕は不幸のどん底に叩き落され、人生を詰む事になるんだ……。


 あれは忘れもしない、僕が小学四年生の時の何の変哲もない休み時間に事は起った。


 何の教科だったかまでは覚えていないんだけど、とにかく授業が終わって休み時間に突入するやいなや、教室の中は動き回る生徒でごった返していた。

 これ自体はいつもの見慣れた光景だ。

 僕も休み時間は運動場に出て遊ぶよりも、友達と教室で話す事の方が多かった。

 この時の休み時間も、何時もと同じように教室で友達と話をしていたのを覚えている。


 そしてその休み時間の最中、騒ぎ声が耳に入ってきたんだ。


 その騒ぎ声が気になった僕は、ふと声が聞こえてくる教室の後ろへ目をやった。

 するとそこでは、同じクラスメイトの神崎君とその仲間数人が、教室の後の壁に掲示してあった皆が描いた個々の絵の中から一枚の絵を剥がして破いていたんだ。

 教室には何人もの生徒がいたけど、神崎君のグループに注意出来る人などいる筈もなく、みんな見て見ぬふりをしていた。


 因みに僕はそんな目立った存在ではなく、ごく普通の男の子だったので、悪さばかりをする神崎君達との関わりは無い。


 神崎君が破いていた絵は、動物園に遠足に行った時に描いた絵だ。

 その時僕は象の絵を描いたんだけど、とにかく一生懸命に描いた絵だった。

 その絵を見ると当時の楽しかった出来事を色々と思い出すくらい一生懸命に描いた絵。

 なので、掲示されている絵にはみんなそれぞれに思い出があると僕は思っていたんだよね。


 神崎君が破いている絵が僕の物ではないにしろ、いつも悪い事ばかりをしている神崎君達のその行動を僕は全く理解出来なかった。


「あの神崎君の行動を酷いと思ったことは、今でも間違ってはいないと思う。問題はその後だ……」


 忘れる事のない当時の記憶。

 順を追って辿っていくと、当時の記憶が頭の中で映像となり鮮明に蘇る。





 ❑  ❑  ❑





 ─ 小学四年生当時 ──




 三時間目の授業が終わると、僕の机の周りには数名の友達が集まり、漫画の話やテレビアニメの話などをして盛り上がっていた。

 普段は友達と話していると夢中になり過ぎて周りの声など聞こえないんだけど、その日は教室の後ろから聞こえてくる騒ぎ声が耳に入ってきた。

 余りにも大きな声で騒ぐその声が気になり、僕は話の合間に教室の後ろへと目をやった。


 するとそこにいたのは神崎君とその仲間達。

 何を騒いでいるのだろうと視線を外さずに見ていると、神崎君が話し出す。


「ぎゃはははっ! なんだよこの下手くそな絵は! 見てられねぇから破いて捨てようぜ!」


 神崎君はそう言って、教室の後の壁に掲示してある一枚の絵を剥がして破き出し、


「はははっ! 神崎、お前酷いなぁ!」


 神崎君のその行為を見て、神崎君の周りにいる神崎君と仲の良い四人が笑っている。


 神崎君もそうだけど、一緒に騒いでいるその四人も僕のクラスメートで、神崎君といつもつるんでいる人達だ。

 みんなその人達のことを神崎グループと呼んでいる。

 僕は、神崎グループがまた悪い事をしてる……と心で思いつつ、いつもの如く注意などはせずにその行為を見ていた。

 すると、一緒に話をしていた友達の声が聞こえなくなり、僕がよそ見をしているせいで話が途切れたのかもと思って視線を友達に戻すと、僕が神崎君達の方へ目を向けたからなのか、一緒に話をしていた友達がみんな話を止めて僕と同じように神崎君達を見ていた。


 それならと、僕も友達のことは気にせず視線を友達から神崎君へ戻し、神崎君が絵を破いている姿を遠巻きに眺めていた。

 そして数秒後に僕はある事に気付き、あっ! と声を出してしまいそうになり、口元を手で覆って声を制止した。


 神崎君が壁から剥がした絵が、僕の横にいる友達の物であるという事に気付いてしまったんだ。

 そう、今まさに僕の隣で一緒に話をしていた木下さとし君の絵で間違いない。


 神崎君を見ている僕の視界の端に薄っすらと見えるさとし君も、僕の隣で神崎君達を見ているようだ。

 僕はさとし君が気になり、横目でチラリとさとし君に目をやると、目に涙を浮かべたさとし君がそこに居た。

 そんなさとし君の心情を思うと、僕まで辛くなってくる。



 ──さとし君、あの絵気に入ってたもんな。ここはさとし君の友達として、僕が神崎君に注意した方がいいんだろうけど……。



 そう思ってはみたものの、神崎君は怖い。

 そこで、この状況をどうにか出来ないかと僕は思考を巡らせてみた。

 僕は神崎グループの人とは口もきかなかったし、怖かったので交わることを避けていたんだよね。


 だけど自分の絵を破かれても何も言えずにいるさとし君の為に、僕が神崎君に注意しなければと思った。


 それに、神崎君はさとし君の絵を下手くそと言っているけど、僕は上手に描けていると思うし、その絵を先生が褒めていたのを覚えている。

 それなのに神崎君はさとし君の絵を下手くそだと言い、壁から剥がして細かく破り、紙吹雪のように上に放り投げて遊んでいるんだから僕は凄く腹立たしい。


 僕がその絵は下手くそじゃないと神崎君に伝え、さとし君に謝って欲しいと言ってやればいいんだ。

 自分の絵が破かれているなら我慢するけど、被害者は友達なんだから庇ってあげるのが本当の友達だと思う。

 友達ならそれくらいやって当然だろう。


 とは言っても、相手が神崎君なので本当は怖い。



 ──ええいっ! 僕だって男なんだ! 怖い気持ちより、友達を想う気持ちの方が強いんだぞ!



 そうやって心の中で自分を奮い立たせ、これはさとし君の為なんだと何度も自分に言い聞かせる事で、ようやく椅子から立ち上がれた。


「ぎゃはははっ! 雪だ雪だ!」


 立ち上がった僕は、悪ふざけを止めない神崎君に向かって足を進める。


龍司りゅうじ君?」


 神崎グループの方へ向かう僕に声を掛けてくるさとし君。

 だけど僕は緊張でさとし君に返事をする余裕もなく、無言のまま神崎君の方へと歩いた。


 足を進めているので自ずと神崎君との距離は縮まり、神崎君から少し離れた所で立ち止まる。

 そして、粉々に破いたさとし君の絵を友達の頭上に降らせて遊んでいる神崎君に向かって、勇気を出して声を掛けた。


「か、神崎君……」


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実は運が良かった? 〜最弱のイジメられっ子が『時空』で世界を救う〜 ライト @yujichan

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