第4話 誰が風袋を殺したか?

「あ、アタシじゃない!」

「もちろんボクだってやってないよ」

「わ、私はじっとしてました」

「あたしだって潰されそうだったんだからね!」

「すいません、寝てたもんで……」


⭐︎


 十月八日、午前七時五分。

駅前の大通り上、通勤する人々が駅へ向かっているそのさなか。

不審なことに誰にも気づかれることのないまま

その惨劇は幕を上げた。


 被害者はまだ歳若い学生 風袋雪也(15) 男性。

努力の甲斐あって、第一志望校も安全圏に達し、

このペースを崩さず頑張って行こう、と勉学に励んでいた少年だった。

 しばらく休業していたコンビニが新装開店したばかりの朝、

彼は真新しい店内でお昼のパンを購入していた。

会計を済ませてレシートを財布に入れた時、

いつも財布に入れている蝋梅ロウバイの実が無いことに気づく。

 この実は実っても枝から落ちることが無い。

それで受験のお守りとして、母がわざわざ松田のロウバイ園まで行って

手に入れて来てくれたものだった。

 気づいてしまうと、何だか気に掛かる。

まだいつもの電車には余裕があるし、どうせ近いんだから、と

徒歩数分程度のマンションへ帰ろうとした。


『ちょっと忘れ物を取りに戻る』


 そのたった数分の判断が彼の明暗を分けた。

無慈悲にも、かの若い生命は非業の死を遂げることとなる。


 死因は圧死。


 体全体を透明なビニールシートに包まれ、

身動きも出来ない状態で、抵抗した痕跡も無いことから

なす術もなく一気に圧し潰されたものと断定された。


 遺体は筆舌に尽くし難い無惨な有様で、

垂直方向からの圧力を加えられ、

体全体は厚みも無く平面状に押しつぶされていた。

内臓等、体内器官は全て破裂して、

潰された身体の裂傷から体外に流出、

ビニールシート内にべったりとグロテスクに貼り付いていた。



 その場に居合わせたのは五名。


塾講師 青葉珠子(23) 女性

会計士 畑野実(37) 男性

飲食店勤務 水島澄江(26) 女性

高校生 栄川こむぎ(17) 女性

ジムトレーナー 白井健(29) 男性


いずれも若く、自己弁護に走る傾向があった。


青葉

「いくらなんでも、中学生の男の子でしょう?

潰すどころか手を引っ張ったって動かせないわよ。

そりゃあアタシだってちょっとは大きいけど、

見た目ほど重くないもん。

潰せったって無理よ、第一そんな怖いこと出来やしないわ」


畑野

「仕事柄、真面目一辺倒でやって来てるんです。

四角四面がウリなんですよ、人殺しなんて冗談じゃない。

ボクは潔白です。

仁道に悖ることは絶対にしません」


水島

「私、その、ノロマだし、あの、立ってたんです。

ただじっとしてただけで。

何にもしてません」


栄川

「あたしだって、すっごい痛かったんだから!

目ぇつぶっちゃって分かんなかったけど

なんか上からぎゅうううって来て!

足どうにかなっちゃったよう!」


白井

「あー、オレ昨夜遅番だったんですよねえ

完徹で歩いてたらうつらうつらしちゃって。

皆さんの声でビックリしたくらいで、

正直何も見てないんですよ、

気がついたら皆んな倒れ込んでたでしょ?

潰されちゃった子は、ほんとお気の毒ですけど

直に触らないで済んで助かったってゆーか」


青葉

「ちょっと!

貴方ね、そんな言い方!」


畑野

「まあ確かに言い方は良くないですが

ボクにも気持ちはよくわかりますよ。

実際、夢に見そうです。

もしシートが無かったらと思うともう、ね」


水島

「私……すぐ側だったし……うう」


栄川

「あたしもちょっと潰れたもん!

骨折とかしてないかなあ、

すっごい痛いんだけど!」


白井

「全く、どうしてこんなことに」






 各々が悲痛な声を上げていることなどつゆ知らず、

職場マンションに着いた『私』は、

新装開店したばかりのコンビニで購入した商品を

ビニール袋から取り出していた。


ゆで卵入りのフレッシュ野菜サラダ。

特濃調整豆乳200ml。

安曇野の水2L

BASE BREAD ミルク味

オイコスヨーグルト。


そして最後に現れたのは。



ダブルカスタード 生シュークリーム

      ……………… だったもの(過去形)






果たして誰が彼を殺したのか?




⭐︎



 いやまあ、別のバッグに入れなかった、

私が悪いっちゃあ悪いんですが。

お店のお兄ちゃんが入れてくれたそのまんま、

うっかり持って歩いちゃったんです。

新装開店で、普段見ない顔の店員さんだったんですよねー

応援なのか新人なのか。

きっと水2Lを”立てて“から、他の商品を横に入れてくれたんでしょう。

あの時ビニール袋の底に、水のペットボトルを横たえてくれさえしたら、

この惨劇は起こらなかったことと思います。


 職場朝イチで、取り出したオヤツが

見るも無惨な自主規制ブツと化していたのを見た私の気持ち、

これを一体どうしてくれようか。

書くしか無いよね!



 ところでシュークリームの別名、

フランスでキャベツなのは知っているんですが

甘藍じゃ人名に可笑しいし、他に何かないかしら?と検索してみれば

ドイツ語がなかなかオシャレでした。


 『風の袋』ヴィントボイテル (Windbeutel)

シュー生地が膨らんで空洞になる様子を表しているそうです。

フウセンカズラみたいなイメージが浮かびました、かわいい♡

…………潰れちゃったけど。



 さてさて、

見てくれはそりゃあビックリなくらい変わっちゃったけど、

彼に罪は無い(むしろ私が悪い)

その若い骸を無駄にすることはできない。

誤ってこぼさないよう、慎重に開封。

個包装内で見るも無惨な姿となった『……だったもの』は

スプーンで丁寧にこそげて頂きました。


合掌。



 

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