第5話 植物のお医者さん
昨日土曜日に投稿するつもりが、諸般の事情で一日遅れてしまいました。
諸般の事情の方は、解消に向けてただいま鋭意努力中でありますので
近日中にアップする予定でおります。
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さてさて、どちら様もごきげんよう。
介護に仕事に本読みに、睡眠時間を生贄に
フィールド召喚されまくっているてるるにございます。
そんなささくれだった中高年の心をも、
草花の愛らしさは癒してくれます。嬉しいですね!
(注:だが我が管理区域内の雑草、てめぇは除く)
そんな私の職場マンション。
目の前の大通り沿いには、街路樹としてハナミズキが植えてあります。
猛暑も落ち着き、少しばかり涼しくなってきた今日この頃。
そろそろ奴らが大量の枯葉を撒き散らしてくれやがる季節になってきました。
で、
真正面の一本には、琉球朝顔が巻き付いているのですよ。
今年は猛暑のせいか、全く蕾をつけようとせず、
葉っぱばかりが元気よく、するすると地を這い樹に縋り、
ひゅるりひゅるりと、そのしなやかな緑を伸ばしておりました。
花は無理か、と半分諦めていたのですが
ほんの三日前、出勤時に何かが風で揺らいでいるのが見えました。
それはハナミズキのてっぺん近く、
延びた朝顔のツルの先。
三つから四つが一塊になった特徴的な蕾。
健気にもそれがいくつか膨らんでいたことに気付いたのです。
今日咲くか、明日咲くかといった風情で
ゆらゆらと風に揺れている蕾たち。
これは楽しみだ!
仕事の合間合間にちょろちょろ通りを見やり、
蕾は如何だろうかと気にしながら、その日はつつがなく勤務を終えました。
そして次の日、つまりは昨日の事ですが
出勤時に職場を見るよりも先に、まずは蕾に目をやりますよ、
おはようさん!今日も元気に……
……元気…に……
あるぇ?
………全然元気無いんですけど!?
葉っぱもツルも、しおしおと項垂れて
ハナミズキにぶら下がっている!
何が如何してこうなった?
昨日の今日だろう!?
慌てて朝イチの仕事だけ終わらせて、
瀕死の朝顔に駆け寄ってみる。
水枯れだろうか?
まさかツルが切れたりしてないよな?!
⭐︎
そのまさかでした。
ハナミズキに巻き付いたツルの途中がブッツリと
乱暴に引きちぎられていたんです。
切り口からして刃物じゃない、
おそらく力任せに引っ張ったものと思われる。
そうだよ、水枯れなんてするはずがない。
いつも地面が乾いたら二時間近くかけて
マンション周りに水を撒いてるじゃないか、
他でもないこの私が!
(↑水道代? はて、自宅じゃないから知らない子ですね)
ようやく、ようやくなんだ、
この猛暑の夏を乗り越えて、ようやく花開く、と喜んでいたのに。
この大通りは、すぐそばに駅もあって大変に人通りが多い。
中には性質のよろしくない者もいるらしく、時折街路樹に悪さをされます。
丈の低いツツジを蹴倒して、土から何株も引っこ抜いているなんて
一度や二度じゃありません。
街路樹どころか、マンション敷地内の植物も被害を受けています。
他所のマンションの植木を引っこ抜いてきて、
こちらのマンション内に放り込まれていたことだってありました。
正直言って、昔ながらの道徳教育を受けてきたおばさんには理解できません。
今の若い人から見ても、人間性を疑うような行いでしょうに。
なんの罪もない植物に、
もちろん、無抵抗の植物に、
なぜ生命を損なうほどの攻撃を仕掛けるのか。
恐らくそこには悪意さえも無いんでしょう。
ムシャクシャしたから
スカッとしたかったから
やり返されないから
自分の方が強い(ように感じられる)から
下手をするとSNSで持て囃されたいのかもしれない。
(自分が人のルールを無視する姿を
『勇気がある』と勘違いしてSNSへ投稿するバカ。
そしてそれを持て囃すバカ。
絶滅してしまえ)
そんな幼稚な、いやそれでは幼児に申し訳ない。
幼くも稚くもない、図体ばかりが大きく成ってしまった
ヒトデナシが面白半分に手を下したんだろう。
もっとも、うんとこさ忖度して好意的に見る努力をしてみれば。
花が咲いていない朝顔が、単なる雑草に思われた可能性も微粒子ほどにはある。
……『アサガオ』ってフダをいくつもぶら下げてるけど。
雑草のツルに絡みつかれた街路樹のためを思って、
親切に除草してあげたつもりだったのかもしれない。
………引きちぎっただけで、残骸はそのままだったが。
どんなバカヤローの仕業だろうか、ハゲ散らかしてしまえ!
と呪詛を吐きながら、昨日はやるせない思いで一日を過ごしました。
大きなハナミズキのてっぺんまで延びたツルを引き剥がす気にもなれず、
枯れるのを待つしかないか、とため息をつきながら。
一夜明けて本日。
また出勤時についつい見やるは朝顔の姿。
きっと昨日よりもカサカサになってるんだろうな、と
再度のため息をつきながら目をやれば、そこにはなんと!
一輪。
たった一輪ですが、青紫の大きな花が!
え?
どこかまだツルが繋がってたの?!
嘘でしょう?
どこも繋がってない、巻き付いたツルは全部断ち切られています。
そんなことがあるのだろうか?
⭐︎
琉球朝顔
和名: 野朝顔
分類: ヒルガオ科サツマイモ属
原産: 熱帯アメリカ
⭐︎
さてここで質問です。
サツマイモを植える時、農家さんは如何しているのでしょうか?
ジャガイモみたいに二、三個に割って灰まぶして埋める?
いえいえ、それじゃあ二、三株にしか増えないじゃないですか。
サツマイモはそんなに繊細ではありません。
あいつらは芋を放り出しておけばすぐに芽を出します。
それを切って節ごと土に埋めておけばあら不思議。
埋めよ増やせよ地に満ちよ
(↑誤字にあらず)
さすがは敵国に秘匿するレベルの救荒作物。
まあ増える増える、怒涛の如く。
不肖このてるる、サツマイモ属の生命力を舐めておりました。
母なる大地から切り離されたそのツルは、
その身の内に蓄えた水分を以て
昨日一日の断水を耐えきった上、
見事に最後の一花を咲かせたのでありました。
絶対に諦めない!
青空よりも蒼く、その華やかなドレスを翻して朝日に向かう彼女。
たった一人で、仲間たちの無念を背負い
凛とした姿で天を仰ぐ一輪は
“生きる”と言う、揺るぎない強い意志を
私に魅せたのでありました。
彼女が干からびるのを待つ?
出来るわけがないだろう、そんなこと!
私はちょっパヤで朝の仕事を終わらせて
彼女の下へ馳せ参じた。
その手にビニールテープとカッター(消毒済み)を持って。
私の目論みは園芸好きな方にはお見通しだろう。
そう、
植物の茎は、表皮のすぐ下に形成層ってのがあります。
養分を運ぶ師管、水を運ぶ道管(←水道管って覚える良いよ!)
これら大事な管が通っている。
ぶっちゃけ、茎を切った断面の大部分は骨みたいなもんで
一番外側近くだけが生命維持に欠かせない部分なわけだ。
これを、 つなぐ。
切断されてもまだ、上部が生きることを諦めていないならば。
繋いであげればいいじゃない。
形成層の一部分でも癒着させることができれば、
それこそ”首の皮一枚で“未来に繋ぐことができる。
医師じゃなくても出来るバイパス手術。
これを試してみようじゃないか。
切断されてから時間が経っているので、
断面はもちろん乾いている。
干からびた部分を避けると、数センチは余裕を持って術式に当たりたい。
ハナミズキに巻き付いたツルを解けば、螺旋部分だけ長さに余裕が出来る。
上下に分たれたツルをそっと引っ張ってくる。
いけそうだ。
消毒したてのカッターの刃をギチギチと伸ばす。
持ち手のロックを外しながらゆっくりと。
ぎち ぎち ぎち
荷造り用の大きなものだ。
繊細な作業のために一度刃先を折る。
事務用なら後ろに刃を折るための溝が彫られているのに、
なんでこいつには無いんだろう。
雑巾を下に当てがい、ペンチを刃の斜め線に合わせる。
ペキッ
よし、うまく折れた。
出来るだけ鋭く切断できるように、
刃は万全の状態にする。
大事な細胞の破壊は最小限に抑えたい。
(接木ではハサミなんて使っちゃダメだぞ?)
先ほどはまだ青空が輝いていたと言うのに
いつの間にか強風が呼び込んだ雨雲が空に垂れ込め、
太陽の光を阻んできた。
ぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。
これで雷鳴でもあれば雰囲気マシマシだろうに。
(雷雲の下で刃物を持ってはいけません)
ツルを見据える
刃を立てる
躊躇ってはいけない。
一息に、
月牙……天衝!
ってバカ、デカく抉るな吹き飛ばすな!
繊細な作業やぞ?
などとふざけてる場合ではない。
成り切るのは
だってブラックジャック読んだことないんだもの。
ツルは細いのでV字ではなく斜めにスラッシュ。
それぞれの形成層を合わせるようにしてピタリと押さえる。
ズレないようにビニールテープでクルクルと巻き上げる。
だがこれが結構難しい。
台風間近で雨も降っている。
防水の面でビニールテープを起用したが、完全に不透明だ。
接合面がまったく見えない。
巻く際にわずかでもズレれば癒着に支障が出る。
かなり悩んだが是非も無し。
メデールなんてモノはここには無いんだ!
(接木テープ ニューメデール/株式会社アグリス)
引きちぎられたツルは五本。
素人の杜撰な仕事ではあるが、それら全てに一通り手当てをした。
元のツルと上手く長さが合わないものには、
地面を這う別のツルを引き上げて繋いだ。
五本の細いツルの中程を、白い包帯が継いでいる。
明日は日曜日、様子を見には来られないけれど、
どうか無事であってほしい。
来週の出勤日に、
また蒼く輝くような花を見事に咲かせてくれていることを
心から願う。
日常あれこれ詰め合わせ てるる @52te
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