第23話 意志 蛇道をレスキュー

24年前、兄と弟を震災で喪った。

それは6歳の自分には信じられない、信じたくない事実であった。崩落した家の下敷きになり、兄と弟は即死。父と母、そして自分も重傷を負っていたらしい。

自分では覚えていないが、その際救急医に命を助けられたという話を聞いてから今の職業を志すようになった。その時の医師の名前は知らない。それでも、その人の見えない背中を追って医療の世界に飛び込んだのだ。自分も人を救うために。


ナーシュが近くに停車し、セルピが飛び降りてくる。

「ご苦労、じゃあセルピは継続して重傷者をストレッチャーでナーシュまで、搬送先もさっきと同じ場所で頼む」得意げにサムズアップをするセルピが、少し頼もしかった。


***


「あっはは、疾駆セイバーのお出ましかぁ」

蟋蟀怪人は瓦礫の上に鎮座し、待ってましたと言わんばかりに手を叩く。

「俺ァずっとお前らと戦いたかったのよ!特にそこのバッタさんとよォ」

「僕と…?」

唐突な指名に困惑するソートルは、直後に鋭い蹴りを正面から受けて吹っ飛ぶ。

地面を滑った先で待ち構える蟋蟀怪人の脚が再び蹴り上げ、ビルの2階ほどの高さからソートルは舞い落ちる。

そこに追い打ちをかけるように、ナイフのような足先が空気を切り裂きながらソートルの背を突き、めりこんだ。

完全に不意を突かれているが、ソートルもやられっぱなしで済むような戦士ではない。

攻撃を躱して背中越しの蹴りを叩き込み、右膝に蟋蟀怪人の腕を挟み込むと左膝がその顔面に飛び込む。「だっははァ、やるじゃねぇかよ」蹴り飛ばされた蟋蟀怪人は瓦礫の中で笑いながら、再びソートルへ急接近し首を絞め上げた。


「あの野郎っ…!」

ヘリアスが強烈なタックルで蟋蟀怪人を突き飛ばす。そして格闘ゲームを思わせる打撃のコンビネーションが蟋蟀怪人の体に傷を刻み、指先の鋭い爪で外骨格を抉っていった。

三人の疾駆セイバーの中では最も高威力な拳。百獣の王が持つ最強の武器を振るい、時にエルボーで顎先を掠める。右のパンチを受け流せば、飛び込むような左の後ろ回し蹴りが膝裏を叩き体制を崩す。直線的なパンチだけでなく振り下ろす円運動を交えた拳が側頭部にめり込んでいく。

格闘家のように洗練された隙のない動き、空手やボクシング、さらにシラットを組み合わせたような重く速い拳撃とチョップに蟋蟀怪人は怯んだ。

「どうした?そんなものか?」「あァもうクソっ、テメーに用はねーんだよ!」


***


「…っ、赤樹…さん…?」

仰向けに倒れたソートルの視線の先には、駆け寄ってくるコルブがいた。

「あーあぁ、だいぶやられましたね皆導くん、どこか痛むところは?」

すぐ横で屈んだコルブの鱗状になった掌がソートルに触れ、触診を開始する。

「ふむ、骨折やヒビはなさそう。骨折?骨とかあんの?まぁ外骨格だから骨みたいなもんか」まぁいいや、と言わんばかりに肩を抱いて起こしたコルブは、ソートルをその場に残して蟋蟀怪人に向かって駆けた。


「葉刈さん、ちょっとこいつ借りますね」

獲物を横取りするかのように蟋蟀怪人の頭を掴んで跳んだコルブは、そのままチョーク技を仕掛ける。細くしなやかな腕で頸を締め上げ、冷酷な眼差しで足を払った。起き上がる前に地面でロックするが、振り払われる。

蟋蟀怪人の攻撃をするりと躱しつつ、八卦掌のように流動的な動きで打撃を放つ動きには迷いがない。急所へと的確に叩き込みつつ全身の動きを元に次の攻撃を予測して避けることなど、人体を熟知する篤泰には造作もないことだった。

「クッソ野郎どもがァ!俺はそのバッタ野郎にしか用ねーんだって!邪魔すんなや!」

高く跳んでバイクに乗った蟋蟀怪人は、すぐさまその場を後にした。


***


「なんだったんですかね、あの怪人…やけに僕にこだわってましたけど」「蟋蟀と飛蝗は似たようなもんだし、ライバル意識でもあるんじゃないのかね〜?」

倫悟の眼差しとはまた違った不安そうな色を、慈亞も浮かべていた。

蟋蟀怪人が退散する際に乗っていたものは市販品のバイクではなかった。もしバイクチェイスのような状況となれば、倫悟の乗っている市販のものでは不利になる可能性が高い。倫悟が乗りやすく、かつ高い馬力を誇るマシンを作らねばならない。現在の構想を上回る技術を搭載しなければ。そんな些細な焦りと共にキーボードを叩く。

「次から次へと作りたい物ばかり思い浮かんで、今私は最高の気分だ!」エナジードリンクを一気に飲み干した慈亞は、左手でチョコ菓子を口に投げ込んだ。きっと目を見開いてキーボードを打ち、メモ用紙にガリガリとシャープペンシルを走らせる。何をしているのか倫悟にはほとんど理解できなかったが、少なくとも高校で習う物理や化学の範囲ではないことは明らかだった。


「ふふふ…こいつは素晴らしい!ヘリアスに次ぐ私の最高傑作になりかねない!」濃いクマの染みついた目は瞬きの一つもすることなく、右手でペンを動かし左手でガタガタと音を立ててキーボードを叩く。汗だくになりながら力強くエンターキーに指を置いた慈亞は、次の瞬間白目をむいて後ろに倒れた。

「宰苑さん!?」

倫悟は慌てながらラボの奥にいる篤泰を呼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る