第21話 鍬形 悪のプロフェッサー
スイッチを入れた瞬間に全身から飛び出した黒く厚い板は、深山の全身を覆いつくす。そして現れたのは、大きな鋸刃の双剣を携えた鍬形虫の怪人。
朝陽を砕いて黒光りする身体の節々に、金色の毛が柔らかく生えている。
「ふぅー…改めまして、俺はH.E.R.O.の技術開発室長 深山綺羅刃。君たちには人類進化の礎となってもらいます。」
前腕についた剣の峰を擦り合わせ、片足に体重を預けながらこちらを向く。
「進化への見解を改めるなら、今のうちだが…どうする?」
それに対し葉刈は答える代わりのように仮面を取り出すと、上へ向かって軽く投げた。
「変身」
落下してきた仮面は葉刈の顔にはり付き、バイクから大気を揺らして金色の飛沫が上がる。頭部から順に装甲が装備されていき、再び葉刈は疾駆セイバー、ヘリアスの姿となる。
面白い、かかって来たまえ。
そう言わんばかりにどっしりと構え直した鍬形虫怪人は、異様に落ち着いている。これまでに見た怪人とは違う、その場にいた誰もがそう直感した。
***
「そうか…腹部のスイッチで、感情の変化は関係なく無理やり怪人の姿に変わったんだ…!」顎に生えた無精髭をしゃりっと鳴らしつつ、慈亞はドライアイをかっ開いてぶつぶつと呟く。
陽光の中に、黒と金の戦士が二人駆け出す。互いの正義が今まさにぶつかろうとした瞬間だった。
「おーい、若造ども、ワシ抜きで何楽しそうなことしとんじゃ?…まぁワシ、鷲じゃなくてイカじゃけど!共通点クチバシだけじゃ!ヨホホ!」
声のした方向を皆が向く。その声の主は、白衣を着て白い髭をたくわえた白髪の男。頭のてっぺんから爪先まで全身真っ白、奇怪な笑い方のそれは鍬形虫怪人の肩に手を置き、糸目を鋭く開いて睨む。
「おい小僧、あまり勝手なことをするでないぞ」
そう言われた瞬間腰部のスイッチを切り、蛇に睨まれた蛙のように萎縮する深山。微かに震える瞳は虚ろだった。
「申し訳ありませんドクター」と一言謝罪しながら後退りする。
ドクターと呼ばれた男は口調こそステレオタイプな老人そのものであったが、見た目はどう見ても四十歳程度。
深山すら怯える相手ということは、相当強い怪人であるに違いない。蜘蛛怪人の糸川と同じく、怪人化の影響で見た目が異様に若いということだろうか。
「ど〜すればいいのかねぇ…」慈亞は天を仰ぎ頭を抱えた。
「疾駆セイバー諸君にひとつ忠告しておく。君たちもそろそろ『進化』を受け入れるべき、じゃからな」
ふっと穏やかな糸目に戻った男と共に、深山はどこかへ消えていった。
***
早朝の怪人災害の情報を受け、篤泰はその現場に向かっていた。
休職中のため救急医としてではなく、ボランティアの一般人として。
「アカギさん!負傷者一名、担架持ってくるからそこの瓦礫どかして!」
呼びかけられた篤泰は、目の前にあった直径にして2メートルはあろう巨大なコンクリの塊をずらして通路を確保した。
疾駆セイバーの姿ならもっと動かせたのにな、などと思っていると、後ろから聞き覚えのある声で話しかけられる。
「すんません…たぶん、地面にある細かいやつじゃないかな、と…てか凄いッスね。そのサイズの瓦礫動かすなんて」
足もとに目をやると、小さな瓦礫がいくつか転がっていた。篤泰は小さく礼を言い、瓦礫をどかした。
「で、尾野寺くんはどうしてここに?」
先ほどの声の主に尋ね、篤泰は顔を上げる。
「どうしてって、オレは疾駆セイバーの仲間っスよ?人を助けるのは当然っス!」
「はは、そりゃあいい心がけですね」
いつものように篤泰は乾いた笑いを吐き出し、救助活動を継続した。
***
かたかたかたっ、かちっ。白衣を脱いだタンクトップ姿の慈亞がパソコンに向かって作業をしている。
「おい、皆導くんは大丈夫なのか?あんな状態で…いつ飛岾の人格が出るかもわからない」
陽が高くなっていく蒸し暑さの中で、ワイシャツの袖を捲った葵は口を開く。
梅雨入りの少し手前、クーラーをつけるべきか否かという室温のせいか、額には汗が滲んでいた。
「今はそんなことを考えている場合ではないんだ。蝗紀くんの2段階変身、それが今の研究対象として…」
「慈亞!お前は皆導くんのことが心配じゃないのか!」
ネクタイを緩めながら、葵は慈亞の背を睨んだ。
巨大な不良グループの元ヘッド。そんな人格を宿した倫悟が、また何かの拍子にもとの人格へと戻ったら…。そんなことを想像すると、葵はいても立ってもいられなくなったのだ。
「暑くてイライラしてるんだろうが、すぐカッとなるのは君の悪い癖だと思うがね。おそらく何があっても彼なら大丈夫さ」
慈亞の無責任な発言に苛立ちながら、葵は事務所へ戻った。
「…まったく、葵はお人好しだねぇ」
記憶とは、非常に複雑なものだ。
日々更新されていくものであり、すぐに消えていくものであり、消したいものほど消すのに時間がかかる。
葵の過去、慈亞の過去、倫悟、蝗紀の過去。どれも辛く苦く、重く今にのしかかっている。
カーテンの隙間から陽が照り、舞う埃を煌めせていた。
「さて、私は私のやるべきことを…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます