第20話 拳撃 拡散するアイデンティティ
バイクが停止すると、目の前には阿鼻叫喚としかいえない状況が広がっていた。
「なんだよ、これ…」
倒れたまま動かない人、助けを乞う人、辛うじて指などが視認できる、人だったであろうモノ。それらに吐き気を催していると葉刈が口を開く。
「これはいつにも増して酷いな……変身」
黒い仮面を投げた葉刈は、瓦礫の中に立つ人影に向かって走った。
死屍累々を避けるように地面を蹴る葉刈の顔に、仮面が装着される。
「ライオン…?」
バイクから噴き上がった光が葉刈を包んだと思うと、鬣のような金色の装甲を頭部に備えた戦士へと姿が変わった。
絶句する蝗紀に宰苑が話しかけてくる。
「あれは疾駆セイバー ヘリアス。そして記憶を取り戻す前の君…皆導倫悟も、疾駆セイバー ソートルとして戦っていた……もちろん、今の君にその記憶はないけどね」
「はぁ?俺もアレ着て戦ってたってことか?」
驚きに目を丸くする蝗紀を、宰苑は落ち着かせる。
「蝗紀くんの場合、スーツを装着するんじゃなくて肉体の変化…まぁ改造されてるんだよ、君の身体。…人格の改変も、それに伴って施されたと思われる」
突然真剣な顔をした宰苑の目はどこか寂しげで、そして何かを伝えたそうに見えた。
「いいぜ。俺もアイツと戦える力があんなら、ぶちのめすだけだ。…それより、アイツはなんなんだ?どう見ても人間じゃない、なんかのケダモノみたいだ」
「アレは怪人。動植物の特性を人間に移植した、と言うのがもっとも自然かな?見た感じアイツは豹…まぁ、ライオンの能力を持つヘリアスならギリ、くらいの相手かな」
ヘリアスならギリ、という言葉に蝗紀は、やり場のない疑問が募るのを感じた。
蝗紀の目の前で、ヘリアスは豹怪人に圧されている。なぜ彼が危険を冒して戦う必要があるのか、なぜ他人のために命を賭けられるのか。なぜ何度蹴られ殴られ踏み潰されても立ち上がれるのか、喰らいつけるのか。なぜこんなにも恐ろしい光景を目の当たりにしながら、自分の脚と拳は疼くのか。
疑問が解消されるより前に、蝗紀の体は既に走り出していた。
弁護士として社会に貢献する葉刈より、何人もの人に迷惑をかけて社会から逸れた、自分の無価値な命を差し出して戦うべきだと直感したのだ。
「待ちたまえ蝗紀くん!…君の中にはもう一人の人間がいること、忘れるなよ?」
宰苑の言葉に目を閉じ、ふっと笑う。
「わかってる。俺は最強だ、アイツぶっ潰して帰ってくる」そう宣言すると、蝗紀の体は飛蝗の怪人、疾駆セイバー ソートルの姿へと変わった。
普段は緑の体色は黒に近づき、眼は橙色に。
「よくわかんねーけど、こんだけの人間ぶっ殺してんだ…覚悟は出来てるよな?」
豹怪人へと殴りかかったソートルの眼は、燦然と光る。
二発三発と拳を叩き込みながら、燃え盛る炎のように眼光は明るさを増していく。
「どちらかと言えばキックのが得意だが、ステゴロの殴り合いなら…俺は負けない」
夜明けの太陽を背負う瞳は熱く輝き、ストレートの一撃が豹怪人の顔面にめり込む。瞬間、外骨格がバキバキと音を立てて変質した。拳から前腕、前腕から上腕へと装甲が覆うように変形し、最終的にソートルの上半身は堅牢な鎧を纏ったような姿へと変わった。
以前よりも大きく強く発達した拳に、肩を補強するように厚くなる背中と胸板。
拳撃に特化した姿であることは、その場にいた誰の目に見ても明らかだった。
***
右の正拳一発、裏拳が一発、左で一発、また右で一発。ゆっくりと歩きながら、ノーガードの猛攻で豹怪人の頭部や腹部を打撃する。
「あはは、悪くない。この力…」
重い一撃で殴り飛ばしては近づき、一本一本の骨を粉砕しながら追い詰める冷酷な戦法。
「もうやめてくれ…!俺たちは同じ『進化』した人類だろ…!?助けてくれ…!」
「え〜、なにそれ?はは、でもまぁ無理な相談だね」
命乞いする豹怪人の胸ぐらを掴み、大きく振り抜いて頭部を貫く。
徐々に溶け落ちていく豹怪人を放り捨て、ソートルは蝗紀の姿へと戻った。
「…これさえあれば、Lazy Orangesは絶対的な力を手に入れる…!」
ゴキゴキと首を鳴らし、豹怪人の亡骸を覗き込むようにしゃがみ込む。
「…飛岾くん、落ち着いて聞いてくれ。Lazy Orangesは君が不在の間、内部抗争で自然解体されている。絶対的なリーダーを失い、その座を奪い合ううちに組織として崩壊したんだ」
野望に瞳をぎらつかせて喉を鳴らす蝗紀に、失われた時間の事実を告げながら葉刈が歩み寄る。どこか憐れみを秘めたその目は、嘘をついているようには見えなかった。
嘘だろ、と小さく漏らすと、ぐらりと視界が揺れた。
***
「あれ…?葉刈さん?…っていうか、僕はなんで外に…!?」
気がつくと、なぜか道の真ん中にいた。
「君は飛岾…いや、皆導くんか。」
なぜか夜は明けており、倫悟の体には疲労感が残る。まるでその間の時間が消し飛ばされたように。
その後葉刈から、自分の記憶にない時間の話を聞いた。突如として戻ってきた、本来の人格。それによって変わった、ソートルの新たな姿。
「僕が…不良…!?う、嘘ですよね!?嘘だと言ってください!」
倫悟は目を丸めて驚愕し、前のめりになって葉刈に顔を近づける。
「はは、君は思い出したんだな。本来の自分を」
全員が声の響いた方向へ向くと、そこには長いコートをはためかせハットを目深に被った深山が立っていた。
「君は身体能力は優秀だったんだが、元の人格が暴れ馬すぎてね…このまま『進化』させて力を悪用されたらたまったもんじゃない!っていうことで、先にアタマの方をいじらせてもらったわけさ」
どこか楽しそうに語る深山に対し、宰苑は呆れ気味に言い返す。
「ほう、研究のために尊い一人の人格を奪ったのか!うーん、やはりあなたの誘いを蹴って正解だったよ!」
そんな挑発には表情ひとつ変えず、深山は倫悟たちの方へゆっくりと歩きながらシャツの裾を捲り上げる。
引き締まった腹筋を歪めて埋め込まれた、異質なスイッチ。
「ひとまず今はH.E.R.O.を代表して、ご挨拶申し上げよう」
ガチャリ、と音を立ててスイッチを作動させると、全身から蒸気と共に分厚く黒い装甲が突き出した。
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