第18話 恩人 調理するクレーマー
「すみませんね、遅くなりまして…ともあれ間に合ってよかった」
背後の雑踏からフードを目深に被った男が現れる。
「赤樹さん…!ありがとうございます!でも、なんでここに…?」
「仕事休んでんだからそりゃ助けに来ますよ。それにしても、よく持ち堪えた」
篤泰はソートルの肩をぽんと叩き、姿勢を低くして蛇のように唸る。
「大事な仲間をここまでボコボコにされたらね、そりゃ許せないわけで」
普段ドライで毒舌な篤泰にも仲間を想う気持ちがあることを実感し、倫悟は少しくすぐったいような感覚がした。
倫悟は何故か、仲間というものに強い憧れを持っている自覚があったのだ。
「随分と仲のいいこったなぁ!こうなりゃあ、お前の血も啜ってやるよ!」豚怪人はどすどすと音を立てて篤泰を狙う。
ぱきぱきぱきっ、と篤泰の顔に鱗が浮かび、コルブの足元のアスファルトが軋んだと思うと、次の瞬間戦闘機を思わせる前傾姿勢、そして空気を切り裂く初速で地を這うように駆け出した。
衝撃波に謙飛は後退りし、内臓に響くような振動が残る。
低くしゃがんで豚怪人の右脚に回し蹴りを放つ。手術痕が開き血が流れ始めるが、お構いなしに蹴り続ける。
コルブに気を取られた豚怪人の頭をソートルが蹴り上げ、落ちる先ではコルブが迎え撃つ。
「てめぇら、右脚ばっかり…よくも!」
「うるさいなぁ、そこのラーメン屋に肉の提供でもしとけよ」
右膝を立ててうずくまる豚怪人に、ソートルとコルブが左右から回し蹴りを放ち頸椎を砕く。途端溶け始める肉体は地面に染み込み、跡形も残らなかった。
「何度見ても慣れないな…しかし、よくもまぁこんな完璧に溶けるものだ」
一度人気のない裏路地に隠れ、人間の姿に戻る。表に出て店の安否を確認すると、人だかりがあるのみで特に破壊されてはいない。無事だったようだ。
「皆導くん、戦ったらバカみたいに腹減りました。あのラーメン屋行きません?俺の奢りでいいので」
「いいんですか!?さっき完食する前に店出ちゃったんで、嬉しいです!」
倫悟と篤泰、そして謙飛は再び黄麟亭へと赴く。
***
「いやぁ〜、あざっす赤樹さん!戦ってない俺までご馳走になっちゃって…なんかさーせん…」
「何を言ってるんです。尾野寺くんの情報がなければ、あいつを倒すのには少し手間取っていたはずですからね?」
3人はそれぞれ醤油、味噌、豚骨のラーメンをすすりながら談笑する。
「あ、俺店長に挨拶してきます!」
この黄麟亭は、謙飛がかつて美大に通っていた苦学生時代にアルバイトとして勤めていた店なのだ。店主は謙飛の事情を汲み、謙飛にのみ本来は有料のまかないを「出世払い」と言って無償で提供したり家賃を貸したこともあった。謙飛としては誰にも傷つけさせたくない、そう思うほど大切な場所なのだ。
「えっ、俺のサインをっすか!?」
厨房で謙飛は驚く。この店に謙飛のペンネーム、木岩項太郎のサインを飾らせてほしいとのことだ。そして店主に対する「出世払い」はそれで完済だ、と店主は語った。
「皆導くん…なんか、あったかいね」
「そうですね〜。お店の人も、ラーメンも」
死闘で荒んだ心と体が、どこか癒えるような心地がした。
***
午前4時、LEDの明るく灯るラボで慈亞が呟く。「よし、完成だ…!せっかくなら、彼にも戦ってほしいからね…」
その手には、以前倫悟が蟻怪人から剥ぎ取ったヘルメット。ごとっと音を立てて机に置くと、慈亞は寝室へ歩いた。
「今日は疲れたし、風呂とか歯磨きとかいいよね〜、風呂キャン風呂キャン、若者の流行りらしいし」少々大きい独り言の後、白衣も脱がずにベッドにダイブするがなかなか寝付けない。先ほど深山と最悪の形で再会を果たしたせいだろうか、葵の目の前で泣いたせいだろうか。赤く腫らした目を暫く閉じ、深くため息をつく。
「シャワーだけ、浴びるかなぁ」
それが原因ではないことなど頭では理解できているが、深山に心を乱された自分を認めたくなかったのだ。
深山に言われた言葉を頭の中で反芻しながら、シャンプーを手に出す。ひんやりとした感覚とシトラスの香りに嫌気がさしながら、軽く泡立てて長い髪を洗う。
鏡に映った体は、慈亞にとってコンプレックスでもある。自分も葵のように体が強ければ、ヘリアスを着て戦っても筋肉痛で一日寝転がる必要もない。しかしトレーニングなどしている暇があれば葵のために研究を進めるべきだ。
そんな自己矛盾を掻き消すように、熱い湯をシャワーから被る。
「あっっっっっっつい!!!!!」
思わず大声が出てしまうほど熱かったが、そうでもしなければ今の葛藤は誤魔化せなかったのだ。
熱湯で赤くなった体にボディーソープを塗り付け、粗いボディタオルでゴシゴシと擦る。葵と違って筋肉がなく、骨と皮と少しの皮下脂肪でできたような、目立った凹凸の少ない体。
「こんな体では…ロクに戦えない、よねぇ」
ぷにっと腹を摘まんで自嘲的に笑うと、体を拭ってタンクトップにカーゴパンツ、そして白衣といったいつもの服装に身を包む。
再び寝室まで歩きベッドにもたれかかると、小さく息を漏らして倒れ込んだ。
「あークソ〜、なんで私がこんな気持ちにならなくちゃいけないんだよ〜」
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