第17話 尚早 豚骨のペイ
「ここでやり合ったって俺は別に構わんが、君の大事な研究成果を壊したくはないからな。それに…ギムレットには、まだ早すぎる」
不敵に笑う深山の背中は、深い影を纏って宵闇に消えた。
「宰苑さん…あの人が、例の?」
「あぁその通りだとも、深山綺羅刃。私の先輩で、最も尊敬する科学者だったが…たったいま敵になった。」
倫悟の問いに答えた慈亞の目には、光の代わりに怒りとも悲しみともつかないような色が浮かび上がる。
***
他の皆が自宅へ帰るのを見送り、自分も帰り支度をする。
「待ちたまえ葵、君に聞きたいことがあるんだ」
いつものレザーコートを羽織りドアノブに手をかけると、ヘリアス2号の白い仮面を手に慈亞が語りかけてきた。
俺は足を止め、薄暗いラボへと踵を返す。
何だ?という俺の言葉を待つこともなく慈亞は話し始めた。
「私は蜘蛛との戦いで、初めてこのスーツを着て実際に戦闘した。葵が何度も苦戦を強いられた相手ってこともあって、とんでもなくビビっちゃってさぁ…私には無理だな」
冗談っぽく頭を掻いて笑うが、俺の目には震える膝が映っている。まだ恐怖を引き摺っているのだろう。
「君はどうして恐れをなさずに戦えるんだ?…私には、到底不可能だった。しかも自分じゃなく、赤の他人を助けるために!自らの命を危険に晒して、人間だったものを殺して、破壊して!それなのになんで君は平気でいられるんだ?私には理解できない…」
突如として涙を浮かべながら昂る慈亞に、俺はそっと歩み寄る。
「葵、君は変わってしまったよ!怪人を殺してもなんとも思わない、今の君は冷酷な戦闘マシーンだ!君の人間らしさを奪ってしまった!…こんなことになるなら、ヘリアスシステムなんか作るんじゃなかった……」
俺だって怖いし、人を殺すのにはずっと抵抗感がある。でも、いつかは誰かが戦わなきゃいけないんだ。それに、お前の作ったスーツを着ているなら俺は絶対に死ぬわけがない。昔から変わらず、お前を信じているから。
そう伝えると、慈亞は驚いたように俺の目を見つめた。
「は?…っふふ、そうだなぁ、この超天才科学者である私が作り、葵が着るヘリアスは!…決して死なない。」
調子良すぎんだよばーか。踏ん反り返る慈亞の額を指で弾き、俺は頬に夜風を感じた。
***
「倫悟くーん、次に出す新キャラ、どうしたらいいと思うよ〜?」
会議後に寄ったラーメン屋、
倫悟からすれば知ったことではないが、自分が題材になってしまっている手前何かアイディアを出さなくてはという気持ちもある。
「あえて、ハードボイルド小説を参考にするのはどうでしょう?ハードな雰囲気の『バッタもん』に登場させるなら、より一層深みが出ると思いますし…」
深山がレイモンド・チャンドラーのファンなのではないかと思っていたことを思い出し、反射的に提案する。
「ハードボイルド…って、何よ?」理解できない様子で二度目の替え玉を投入する謙飛に、倫悟は頭を捻り言葉を尽くした。
「『道徳に反するような内容も、客観的に描写する』…というのが文芸用語としての意味なんですが、それ登場する主人公像から『感情に流されない、クールでタフな性格』という意味もあって」
「あー、なんかカウボーイビバップみたいな、スパイクみたいな!かなりアリかもしんない」
スマホのメモ帳に書き込む謙飛、の前にはスープまで飲み干された丼が置いてある。
倫悟はやっと半分食べたところだ。
「おい!なんで海苔トッピングが100円もすんだよ!殺すぞ!」
カウンター席にいる小太りの中年クレーマーを見て謙飛は呆れる。
「全く、いい歳こいてなんなんだろうねああいうの…ちょっと俺注意してくるっ!…って、うわぁ!怪人!?」
「僕まだ食べ終わってないんですけどっ…!」倫悟は支払いを済ませて店を去り、飛蝗の戦士、ソートルの姿で戻ると男は豚の怪人になっていた。
「お前、疾駆セイバーか…ストレス発散の邪魔すんなら殺すぞ…!」豚怪人はソートルを指差し、捻り潰すジェスチャーと共に突進してくる。
店内は広くない。そんな場所で暴れられてはひとたまりもないだろう。ソートルは突進を跳び越え、路上での戦闘に持ち込んだ。
***
豚怪人と対峙すると、謙飛は店の軒先に顔を出し写真を撮り始める。
「俺の加減次第で、お前を潰すことだってできるんだからなァ!」
大声で叫ぶ豚怪人は地を鳴らしながら駆けてくるが、ソートルの後ろには店。先ほどのように避ければ崩壊は免れないだろう。
ソートルは豚怪人の突進を胴体に喰らい、空中へ弾き上げられた。
一般人への被害を抑えたいのを見抜き、豚怪人は避けられないソートルに体当たりを放ってくる。残忍かつ狡猾なやり方だ。
三度、四度、五度の体当たりの後どさっ、と地に落ちたソートルの頭を目がけ、豚怪人は大振りな横蹴りを放つ。
2メートルほど吹っ飛ばされアスファルトを転がると、謙飛が駆け寄り小さく耳打ちするが先の衝撃で耳鳴りが止まず訊き直す。
「だーかーら、あいつ右脚を庇ってるよって!あと、篤泰さんもそろそろ来るから!」
いつも碌な事を言わない謙飛だが、緻密な作画で人気を博する「木岩 項太郎」であるために観察眼は確かなものなのだ。
右足に視線を移すと、手術痕のような疵からうっすらと血が滲んでいる。確かに痛むようだ。
そして篤泰、もといコルブが向かっているという知らせに倫悟は安堵し奮い立った。
「尾野寺さん、ありがとうございます!それまでなんとか…ここの人たちは僕が守ります」
「やだなぁもう、そんな畏まんないで『謙飛』って呼んでよ〜」
いつもと変わらない謙飛の声に安心し、ソートルは姿勢を立て直す。
その目に映るのは街と人、守らなくてはならない大切なもの。そして、豚怪人。倒さなくてはならない邪悪な者。
「ふふっ、そうですね……謙飛さんのおかげで、勝ち筋が見えました」
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