乙之章 喧騒に双剣の影

第16話 面影 重なるシルエット

先日の蜘蛛との戦いで葵が手に入れた情報を、会議で共有する。

怪人はH.E.R.O.という組織の手によって人間が改造されて作られたこと、それを「進化」と称して暗躍していること。

この事実は、正義の怪人として「疾駆セイバー」を名乗る倫悟と篤泰にとって非常に衝撃的なものであろうが、これから戦っていく上で伝えねばならない大切なことだった。


「ふぅん、正直私の思っていた通りだよ。H.E.R.O.の勧誘なら、先輩から来たことがあるからね…もちろん蹴ったけど!」

「そういうのはもっと早く言ってくださいよぉ!!!」

当然、総ツッコミである。

「怪人がH.E.R.O.によるものという確証が持てない以上、下手に混乱させるのは得策ではない…そういうことだよな?」

「あ、あぁ、まぁだいたいそういうこと」

葵の勝手な深読みに、ここぞとばかりに乗っかる。言い忘れていただけとは今更言えないだろう。


***


「よっ、宰苑!…君なぁ、今日くらいは休んだらどうだ?」

慈亞が四徹目に入ろうとする朝、先輩である深山みやまが研究室に入ってきた。

「あ、深山先輩…ご心配いただけるのはありがたいですが、私はなんとしても完成させなければならないものがあるんです」

デスク上に転がるエナジードリンクの缶を横目に、深山はコーヒーを淹れ始める。

「宰苑、君が今死んじまったら元も子もないだろ?それに、エナジードリンクはカフェイン濃度が高い…飲むならコーヒーをお勧めするよ」

慣れた手つきで角砂糖二つと少量のクリームを入れ、慈亞に差し出す。

マーロウスペシャルと呼ばれたそれは苦く、酸っぱく、甘党の慈亞ににとっては飲めたものではなかった。

ゴロゴロと数えもせず角砂糖を投入する慈亞を見た深山は「お前なぁ…名探偵フィリップ・マーロウの愛した飲み方だぞ?」などと呆れるが、脳が糖分を欲しているのだから仕方ない。

あとフィリップ・マーロウとやらを知らない。

「君だってもう二十歳はたちだろ?今度行きつけのバーにでも飲みに行こうぜ」

まだ酒が飲めるようになって2年しか経っていないというのに、行きつけとは。少し押し付けがましいほどの優しさに、慈亞は葵を思い出した。

高校時代自分を突き放した彼は、今頃どうしているだろうか。

思い出すのは苦しいが、葵の方も大変な状況だったことも理解している。

彼が両親を喪ったあの夜、太陽のような葵の笑顔は、厚い雲に覆われてしまったのだ。


「眠いんならもう寝な。その様子じゃ2日は寝てないだろ」

じゃりっ。もう3日寝てないぞ、と口答えする代わりに溶け残った砂糖を噛みしめる。


そんな昔を思い出しながら、ふっと微笑んだ。


***


「慈亞?おい、何ぼーっとしてんだ!その先輩って誰なんだよ…スカウト来たってことは、そいつもH.E.R.O.と繋がりがあるってことだろ?」

葵を筆頭に、皆から向けられる懐疑的な視線は鋭く痛い。

「…包み隠さず言おうか」

どこか遠くを見つめながら、慈亞は語った。


スカウトをしてきたのは同じく科学者の深山みやま綺羅刃きらは。一年上で同じ研究室で研究をしており、かなり世話になった。

レイモンドナントカという小説家の話を熱心にされたが、何が何だかわからなかった、と。


「まだ私の偉大な研究が世界で評価される前の話だが、一通の手紙が送られてきたんだよ」


人類をさらなる高みへ導き、「進化」の手伝いをするというのが理念の組織、H.E.R.O.からの手紙。

読み進めて目に入るのは、慈亞の科学力、そして生物学や物理学の知識を「進化」のために活かしてほしいという旨。


慈亞は手紙を握りつぶした。

『進化』というのは長い種の歴史の中で徐々に生まれる変化のこと。であれば、わざわざ人為的に加速させれば必ず綻びが生まれ、その綻びは滅びを招く。

生物学も究めていた慈亞には、生命の冒涜としか捉えられなかった。

そして、本文の末尾には見知った名前が。

よりにもよって尊敬していた深山もその思想に賛同したという事実が、慈亞の苛立ちをより強いものとした。


そうしてH.E.R.O.が人間を怪人にしていることを知ると、慈亞はそれに対抗すべくパワードスーツの製作を開始した。

人を人ならざるものにすることを深山が『進化』と呼ぶのなら、慈亞は人は人のままに強くする。進化を急ぐ必要はない、与えられた頭脳と道具で力の差を克服することこそが、人間の持つ真の誇りなのだ。


慈亞は過去と共に、己の信念を語った。


***


「まさか、こんな宰苑さんにもそんなカッコいいポリシーがあったなんて…」

謙飛が感じ入るように頷くと、どこからともなく聞き覚えのない声が響く。

「そうか、だから君はヘリアスを作ったんだな」

「おやおや、その喋り方…噂をすれば、って感じだねぇ」

慈亞が入り口にショットガンの銃口を向けると、暗がりの中から英国紳士風のスーツにトレンチコートを羽織った男、深山が現れた。

「ちょっと待て!別にここで暴れようって訳じゃない!…で、それ撃ったら君の肩も吹っ飛ぶと思うが?」

怖気付くこともなく、深山はコートの裾を翻らせながら服を捲る。

曝け出された腹に埋め込まれていたのは、剥き出しになった無骨なスイッチ。


「そう怖がるな!君らのおかげで俺も晴れて『進化』できたんで、挨拶でもしようと思って来たのさ」


またも江田に不穏な風が吹き、黒い雲が月に重なった。

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