第9話 決意 破壊するリミッター

そうだ、そう言えば先程まで俺は蜚蠊ごきぶり怪人と戦っていた。これは走馬灯か?俺は死ぬのか?復讐も果たせぬまま。何も守れぬまま、誰も助けられぬまま。また俺と同じ、怪人に全てを奪われた人が生まれるのか?

力を持った俺が、復讐というエゴのためだけにこの力を行使することなど許されるのだろうか?

自分ではない誰かの苦しみを背負い、自分の命を投げうってでも誰かを助けるために使わなければ意味がない。

過去の痛みを癒すより、これから先誰も悲しませないために戦わなければ価値がない。


慈亞じあが泣いている。あの頃の慈亞が、一人で泣いている。俺は手を差し伸べ、涙を拭った。赤の他人を助けるなんかより先に、今目の前にいる大切な人を助けることができなかった俺の贖罪。他人はおろか自分の心を救うことすらできなかった俺が、今一番助けなくちゃいけないもの。

何度も別れを繰り返して荒みきった、そんな俺を救おうとしてくれたあいつの心を踏み躙った俺がしなくちゃいけないこと。今、誰かのために戦うこと。


***


ヘリアスが倒れソートルが攻撃対象になった時、慈亞はヘリアスのもとに駆け寄った。「あおい!私にまで君と同じ思いをさせてくれるなよ!目を覚ましてくれ!」叫びながらヘリアスの頭部装甲側面に鍵を挿し、葵の顔を露わにする。

「葵……君がいなくなったら、私は何のために研究を続けるんだよ!」

葵が冤罪で逮捕されてから、自分の無力さを痛感した慈亞は己の頭脳を磨いた。いつか何らかの形で葵に恩返しをしたい一心で。あの時孤独から救ってくれた葵を救えなかった無念を晴らすために、10年以上ひたすら研究を重ねていた。

やっと葵のためのスーツが形になり、これから恩を返していけると思っていたのに。

葵が今死んでしまったら、誰のために何をすればいいのか。そんな気持ちが溢れて涙を流した。

葵の手が動き、涙を拭う。「慈亞……?っ下がってろ…ここは危ない」葵は立ち上がり、少しぶっきらぼうだが優しく語りかけた。

「周りの誰が死んでも俺だけはずっと死ねなかった……きっとそれは、これからもそうだ」分解された装甲を装着しなおし立ち上がる姿は、真っ赤な朝焼けに照らされて輝いていた。

「うおおおおおっ!!!!」あの朝と同じように、叫ぶ。

ヘリアスは蜚蠊怪人の群れに向かって駆け、殴り飛ばした。

「すごい…過去最高クラスのスピードだ」慈亞はすぐさま機材を搭載した車に戻った。


***


「あっれ、ライオンモドキさん生きてたんだ……?ちょっとビックリかも」高所から見下ろした蜚蠊怪人は驚きながらも、ニヤリと笑った。

多すぎる蜚蠊に集中攻撃されていたソートルの元に辿り着いたヘリアスは、互いに背中を預けて戦う。ヘリアスの拳が、ソートルの脚が、蜚蠊怪人を薙ぎ払う。「無事だったんですね!」「俺らが正義、負けるわきゃないだろ?」互いが互いの攻撃をサポートし、ばっちり噛み合ったコンビネーションアタックを放つ。


「ぶっ殺し損ねたの悔しいからさァ、お前は俺が直々に殺してやるってワケ!」飛来した蜚蠊怪人の攻撃でヘリアスは群れから引き離された。「探す手間が省けてありがたいぜ、このクロゴキ野郎……!」応戦したヘリアスの拳は先刻より速度と威力を増し、蜚蠊怪人の脇腹にめり込んだ。

吹き飛ばされた蜚蠊怪人に起き上がる隙も与えず接近し、無言で追い詰める。絶対に逃さないという強い意志が目に見えるようだった。

「ちょ、痛い!やめて!誰か助けて!」醜く命乞いをする蜚蠊怪人のはねを引きちぎり容赦なく攻撃を続けるヘリアスの姿は、まさに鬼神のようだった。

「葵!落ち着きたまえ!出力が異常値を叩き出している!これ以上は危険だ!」葵の脳波に呼応して稼働するヘリアススーツの人工筋肉は、本来の想定を越えた出力で動いているのだ。「悪いな慈亞、もう少しだけこのままやらせてくれ」慈亞の静止を遮り、落ち着いて呟く。今、葵は至極冷静に怒っている。決して許してはならない悪を、己の手で排除しようとしている。

「は…ヘリアス!僕も行きます!」蜚蠊怪人の群れを片付けたソートルが駆けてくる。「やめろ!まだ死にたくない!助けて…!」往生際の悪い蜚蠊怪人の腹に強烈なパンチを叩き込むと、口から吹き出された透明な体液が陽光に照らされて赤く輝く。

「こんだけ俺たちと『遊んで』くれたんだ……行くぞ!」ヘリアスは地を駆け、ソートルは空へ舞い上がる。ヘリアスが蜚蠊怪人をアッパーで打ち上げ、ソートルが空中で貫く。四散した蜚蠊怪人の肉体は、赤い霧となって地上に降り注いだ。


人間の姿に戻った二人の疾駆セイバーは霧雨に打たれながらバイクに跨る。


***


倫悟りんごセンセーなんか寝不足〜?」たけしが心配そうに見ている。当然自分が疾駆セイバーであることを明かせるはずもないので適当に流すが、猛が自分の変身を目の当たりにしていたことを思い出した。おそらく彼は自分のことを「飛蝗ばった怪人」ではなく「疾駆セイバー」として認識してくれているのだろう、そう思うと少し気が楽になったような感じがした。

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