第8話 回顧 絶望がフラッシュバック
俺と
高一の春、教室の隅で完全に孤立していた彼に最初に話しかけたのは俺だった。話してみれば少し卑屈だが悪いやつではないし、成績はクラスでトップだったので勉強を教えてもらったり逆に教えたりしているうちに、俺たちはすぐ紛うことなき親友になった。暗くなるまで学校に残って勉強し、途中まで一緒に帰っていた。あの時見上げた明るい月は、未だに忘れることはできない。
全部が狂ったあの冬の夜も、いつも通りに雲の切れ間を通る月明かりが窓から射していた。
父、母、妹が次々と
ガラスの割れる音。これまで聞いたこともない叫び声。大きな肉塊が床に叩きつけられる音。月の明るさ。八つの目。大きな爪。目の前に転がってくる足。複数本の骨が同時に砕ける音。恐怖。重い足音。人体の破片。罪悪感。はやる鼓動。汗ばむ皮膚の感触。息苦しさ。床の冷たさ。引き裂かれたカーテン。自己嫌悪。倒れた家具。割れたガラス。血溜まりの生温かさ。家中の腥さ。パトカーのサイレン。救急車のサイレン。手錠の冷たさ。野次馬。焦り。外の寒さ。吐き気。茫然自失の足音。喉の渇き。椅子の硬さ。ライトの眩しさ。眠気。反響の五月蝿さ。薄い布団の埃臭さ。壁を這う
荒んだ俺の心は、手を差し伸べてくれた慈亞すらも突き放した。
そんな中、一銭もない俺の前に国選弁護人として現れた男がいた。
赤の他人である俺の無罪を証明するべく奔走する彼の背中は、俺を法学の道へと導いたのだ。
中田先生の尽力により俺はただの被害者遺族であることが証明されたが、あの夜全てを失った俺は刑事補償で得た金以外当然一銭も持っていなかった。
恩返しと称して何かと俺を気にかけてくれていた慈亞は、その頃俺に対して何もできなかったことをずっと気に病んでいたそうだ。にも関わらず俺は、彼の善意を拒んだ。
全てが終わった後も、中田先生はそんな俺の生活を援助してくれた。住む家も、大学の学費も、まるで父親のように手厚く援助してもらった俺は司法予備試験、司法試験に合格し、大学院を卒業。すぐに先生のもとで修習生として働くことになった。
弁護士見習いとして中田先生についていく日々が2年ほど続いた頃、再び事件が起きた。
あの日先生は、自分は残って書類の整理をするから、と俺を先に帰らせた。そして翌日俺が事務所に行くと、鍵が開けっ放しにされていた。執務室に入ると、目に入ったのは割れた窓ガラスと大量の蜘蛛の糸、そして先生の遺体だった。
ドアを開けた瞬間立ちこめる血の匂いに、封印しようとしていたあの日の記憶が舞い戻る。
警察を呼び、到着するまでの間俺は、先生だったものを前に叫び続けていた。また俺は失うのか。これ以上何を失えるのか。これだけ多くのものを失ってなぜ俺だけ死ねないのか。そんな怒りとも悲しみともつかない感情でいっぱいだったのだ。
今度は冤罪をかけられることもなく済んだが、結局犯人はわからずじまいで終わった。当然あんな事件が起きた事務所をそのまま使えるはずもなく、中田正士弁護士事務所は廃業し、新たに別の場所で葉刈法律事務所を開業することになった。俺が中田先生の世話になっていたことを知っている事務所スタッフたちは、新しい事務所でも一緒に仕事をしてくれることになる。
傷は癒えぬまま弁護士業に励んでいた頃、事務所の戸を叩く者が一人。
「あ、どうも!法律のご相……って慈亞じゃないか!久しぶりだな」
予想だにしない旧友との再会に顔が綻んだ。どこかチグハグなファッションに白衣、そして伸ばしっぱなしの髪を結んだ姿。高校の頃から変わってはいたが、ひと目見て慈亞だとわかったのだ。
「
「弱い人々を脅威から守る!そんなヒーローに憧れたこと、あるだろう?」
弱い人々を、脅威から守る。両親が、恩師が殺されたあの時、そんな存在がいてくれたら。そんな考えが脳内を埋め尽くした。
「あると言えばある……俺は、もう誰にも辛い思いをしてほしくはない」
正直に胸の内を明かすと、慈亞はどこか満足げな顔で「そう言ってくれて嬉しいよ…私なら!君をヒーローにすることができる」と主張した。
何を言っているのだろうか。困惑は消えないながらも慈亞の言葉に耳を傾けた。
「私の開発した身体能力補助スーツを犯罪抑止力として使うんだ!君の身体能力と合わされば、並の犯罪者には負けないはず」
慈亞は、自身の多岐にわたる研究の中で人工筋繊維による身体能力補助用のパワードスーツを開発していたというのだ。
斯くして俺は、正体を隠し「
慈亞が防犯カメラ等の映像を人工知能解析し、異変があれば俺の元に通知するシステムを開発した。俺はそれを使って事件を未然に防いだり、その場で解決してを繰り返して数年経った。
あの日、ついに蜘蛛怪人のいる現場に行くことができた。俺の家族と恩師を殺した蜘蛛怪人は俺の手で葬ると意気込んでいたが、一切歯が立たなかった。それを見かねた慈亞が新しくスーツを作ってくれたのだろう。
誰かを助けるなんていう大義を掲げて、ただ仇を取りたいだけの偽善者である俺のために。
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