3話-②:上司への報告
よく考えてみれば、非魔法使いにマナシンクロナイザーを投与する効果が絶大なのであれば、魔法使いにも投与したらどうなるのだろうか、というのは自然な疑問だ。日本側がそのようなテストを行っていないわけがない。
なぜ会談の場で気づけなかったのだろうかと内心冷や汗をかきながら、そこで一つの疑問が浮かび上がる。マナシンクロナイザーの効果説明の際に、なぜ日本側から魔法使いへの投与例と効果の説明がなかったのだろうか。
単純に鈴木局長や坂本が説明し忘れた可能性もあるが、外交の世界では、『聞かれなかったので』がまかり通る世界だ。マナシンクロナイザーの魔法使いへの投与事例を説明しないことに、何かしらの意図があると踏まえるほうが良いだろう。
聞き取りしてくるべきことを聞き取れてこなかった失点はすでに事実として変えられない。こういう時、ミスを隠すほうが後々まずいことになる。
「サー! 申し訳ありません、大佐。 その可能性について会談の場で気づけず、聞き取りが漏れていました」
重要なのは、失敗した時にどのように挽回するかだ。エイダは素直に、率直に答えた。しかし動揺から早口になってしまっていた。
「あくまで憶測ではあり私見なのですが、非魔法使いを一時的にしろ、魔法使いにすることができる効用を考えると、デメリットはいざしらず、何かしらのメリットがあってもおかしくないと推測します。 また、魔法使いへの治験を日本が行っていないとは考えづらいです。 単純に先方の説明から抜けてしまった可能性はありますが、この点について自発的な説明がなかったことに、何かしらの意図があるかもしれません」
「落ち着け、少佐。 まずは正直な報告に感謝する。 確かに重要な点を見逃してしまったことは事実であり、今後の改善課題だろう。 次の機会があれば私がディスカッションパートナーとなろう。 何事も経験だ。 この点については、不確定な要素が多く、憶測の域を出なそうだな。 現時点では、今後の情報収集で重点的に注意を払う必要がありそうだと頭に留めておこう」
コールマン大佐とはすでに短くない付き合いがあり、お互いの性格や仕事のスタイルをよく理解している。不必要にミスを責めることはなく、諫める点は諫め、伸ばすべきところは褒めてくれる良い上司だという信頼があるからこそ、正直な報告をすることができる。エイダは大佐の指摘を真摯に受け止め、今後の改善点として心に留めた。
「マナシンクロナイザーに関する日本の国際的なスタンスについて、どのような印象を受けたかね?」
「そちらが二点目になります。 日本はマナシンクロナイザーについて、アメリカとの共同歩調を最重要とは考えておらず、独自管理の路線を取ろうとしている印象を受けました」
「最低限の建前はあるのだろう?」
「国連とIMSCとの連携で、将来的には透明性を確保した国際利用のガイドライン設定を述べていました。 査察団の受け入れも視野にあるようです。 しかし、あくまで長期的で不確定な方向性です」
「だろうな」
「私が独断で人民解放軍のものとは断定せず、日本海における活動の活発化を会談の場でほのめかしました」
「反応は?」
「彼らの独自管理の路線に揺らぎが見られませんでした。 すなわち、日本の意思決定として相当固いものではないかと推測しています」
コールマン大佐は少し考え込んだ後、「少佐、この状況下で我々はどのようなアプローチを取るべきだと考える?」と振ってきた。
おそらくコールマン大佐の中には仮説としていくつかの考えがすでにあるのだろう。それらを上司として意見を言ってしまうことは簡単だ。大佐は上司として、私の成長のために、あえてこちらの意見を先に聞き、そこに対してフィードバックをしてくれようというのだった。
「一~二分考えさせてください」
コールマン大佐は頷き、じっと待つ姿勢を取りはじめた。このような時、すぐさま思い付きを話されるよりも、根拠に基づいた意味のある意見を大佐は好む。そのための待つ時間を彼はいとわない。エイダ自身の性格にも合っているため、きちんと考えを整理することにする。
まず、前提として、日本はマナシンクロナイザーにおいて独自の路線を取ろうとしている。日本の安全保障において、アメリカは決して切ることのできない同盟国であるにも関わらず、少し不可解さを感じる強気なようにも思える。東アジアにおけるアメリカのプレゼンスを考えたときに、アメリカにとっても日本は最重要な同盟国であることを考えるとお互いさまではあるが……。
そして、これは憶測にすぎないが、先ほどの会談で日本は、マナシンクロナイザーの魔法使いへの投与に関する情報を意図的に出さなかった。
これらの情報を総合的に考えると、日本がマナシンクロナイザーに関して何か重要な発見や進展があり、それを慎重に扱おうとしている可能性が高い。おそらく、アメリカとの関係を損なわないようにしつつも、自国の利益を最大化しようとしているのだろう。この状況下で、アメリカはどのようなアプローチを取るべきか。コールマン大佐はそれを聞こうとしているのだろう。
そして忘れてはならない三点目であるグレイヴス次官のスタンスだ。国務省の総意かは不明だが、会談の場で技術共有を求める姿勢を取った事実を無視しては、アプローチを考えることはできない。グレイヴス次官の発言は、アメリカ政府内部でもマナシンクロナイザーに対する強硬論が高まっている可能性を示唆している。そして国務省と国防総省の立場の違いも考慮に入れる必要がある。これらの複雑な要素を踏まえつつ、バランスの取れた戦略を立てなければならない。
まだ思考はかたまっていないが、二分が経過しようとしている。あとは話しながら考えようと腹を決め、エイダは口を開いた。
「大佐、アプローチについて述べる前に、三点目を先にご説明させてください」
「うむ」
「会談における国務省のグレイヴス次官の発言についてです」
「続きを」
「彼は日本側に技術共有を求める強硬的な姿勢を見せました。 実務的な直接さで、マナシンクロナイザーをよこせ、そう言っているように思えました」
「想像に難くないな」
「ここまでを踏まえ、私が提案するアプローチは次の通りです」
思考がかたまっていない中での会話なので、頭をフル回転させる。緊張から来るものなのか、高揚からくるものなのか、自分でもわからないまま、体温が上がっているのを感じた。背筋のシャツがじっとりしてきた。
「米日同盟はアメリカ軍の生命線と言えるでしょう。 すなわち、日本との直接的な対立は避けるべきだと考えます」
「異論はない」
「マナシンクロナイザーは世界を変えうる薬剤です。 しかし、効果のほどに確証はありません。 また、日本はマナシンクロナイザーに関して何か重要な発見や進展を隠していると推測されます。 そのことが日本の強気を根拠になっているかもしれません」
「仮説としては異論ない」コールマン大佐は少し悩んで答えた。
「もしマナシンクロナイザーが期待通りであれば元だねになるかもしれません。 しかし、われわれの状況は情報不足です。 あくまで米日同盟の維持を第一目標としつつ、見がよろしいかと」
「よく考えられた提案だ。 相手のカードもわからずにベットはできないからな」
「ありがとうございます」
「我が国が他国に先んじてマナシンクロナイザーの独占共有を受けられる未来は、一見最善に思える。 しかし、決定的な事態が発生した際に、最前線で血を流すのは我々アメリカ軍人なのだ。 人民解放軍の活動活発化の事実がある中で、我が国の野心は中国やロシアを過度に刺激しかねないのだ」
「人民解放軍の海軍力ですね?」
「人民解放軍の海軍力だ」
世界に冠たる海洋国家、アメリカ合衆国はその名に恥じない海軍力を保有していた。70機もの航空機を搭載する航空母艦は、小国の空軍力に匹敵するほどと言われ、アメリカはその空母を11隻保有していた。年間予算1200億ドル(日本円にして10~15兆円)という、これまた小国の国家予算に匹敵する規模の予算が海軍に投じられ、9つの空母打撃群が世界中の海に展開し、世界の治安と安全な通商を保障していた。アメリカが世界の海を守っている——そう言っても過言ではなかった。
そのアメリカと比して大陸国家である中国は、自他ともに認める陸軍戦力を持つ国であった。その強大さは、北朝鮮の奇襲により始まった朝鮮戦争において証明された。
開戦初頭、アメリカ軍を中心とする連合軍は劣勢であった。現在の感覚すると信じられないことだが、南北の軍事バランスは北が有利だった。朝鮮人民軍は、ソ連の恐るべき傑作戦車T34/85を200両以上装備した機甲戦力を保有していたし、その他、砲や航空機を多数そろえていたのに対して、まずもって韓国は戦車なし、その他の戦力もお粗末なものであった。
装備の貧弱さに加え、屯田兵であった韓国軍は、農繁期であったこともあり、大部分の部隊は警戒態勢を解除していたのであった。そうした事情で開戦そうそう韓国の戦線は崩壊したのであった。北朝鮮の猛攻を前に、連合軍は撤退を繰り返し、残す拠点は釜山のみとなった。半島から海に追い落とされる直前まで追い詰められていた。
追い詰められたマッカーサーは、仁川上陸作戦を発動。仁川に上陸したアメリカ軍は北朝鮮軍の背後を突き、伸びきった兵站を遮断、大規模な反攻を開始し、戦局は一変した。地力を見せた連合軍(アメリカ軍主力)は朝鮮人民軍を粉砕した。そして韓国と北朝鮮の国境である38度線を突破し、中国国境に迫ったのである。
それが眠れる獅子を呼び覚ましてしまった。大陸国家に恥じぬ動員力を見せつけた中国は、最前線だけで26万人、後方待機も含めると100万人規模の大部隊(自由労働者解放戦線という厳めしい名前で偽装された義勇兵だったが、その実態は人民解放軍)を投入し、戦線を押し上げ、わずか数ヶ月にも満たないうちに38度線以南まで押し返してしまった。機銃に撃たれながら突撃してくる後を絶たない魔法兵力、それは名状しがたい恐ろしい光景だったという。
事態の深刻さを認識した当時のアメリカ軍司令官は、「我々はまったく新しい事態に直面している。 中国軍は我が軍の全滅を狙っている」と大統領と統合参謀本部に報告し、核の使用まで打診していた。この報告こそが、人民解放軍の恐ろしさを如実に物語っているのだ。
その強大な陸軍力に比して、中国の持つ海軍力は貧相であり、アメリカの海軍力には歯が立たないだろう、そう考えられていたのは一昔前の話だった。
GDPで日本を抜き世界2位となった中国は、海軍力においてもアメリカの覇権に挑戦し始めたのだった。太平洋に野心を示す中国は、着々と海軍力の増強を進め、今や3隻の航空母艦、弾道ミサイル原子力潜水艦7隻、攻撃型原子力潜水艦9隻を保有するまでとなっていた。原子力推進を用いた大型艦や潜水艦でさえこうであるのだから、チャイニーズ・イージスを搭載した駆逐艦や通常動力の潜水艦、揚陸艦以下について、あれこれと述べる必要はあるまい。
空母機動部隊は持たないものの、中国近海においては圧倒的な戦力を持つようになっており、その結果は米国のシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)が行った台湾有事シミュレーションに裏打ちされていた。
机上演習の結果、中国軍は航空機155~327機、艦船138隻、地上での死傷者7000人以上、さらに海上での死者約7500人という、確かに中国の野心を挫くほどの損耗を被った。しかし米軍も、原子力空母2隻、ミサイル巡洋艦などの艦船7~20隻を喪失し、死傷者約3000人と行方不明者を合わせて約1万人、そして航空機168~484機を失うという、壊滅的な被害を受ける結果となったのだ。
そういった背景を受けて、米国防総省は中国の軍事力についての年次報告書「China Military Power Report」の中で、「中国は現在、世界最大の海軍を保有している」との見解を示すほどだった。中国海軍が130隻以上の水上戦闘艦を含む約350隻の艦艇を保有していることを指摘し、米海軍の約293隻を上回っていることを考慮すると、あくまで数の上でだけでも認めざるをえない、それほどだった。(海洋国家として長く海軍を運用しているアメリカは、兵や将の練度、兵器の性能などで優ってはいるが、「戦いは数だよ!」という名言をバカにできなかった)
アメリカ軍は9つの空母打撃群を持って確かに世界の海を統べていた。しかし、その全てをインド洋・西太平洋に向けられるわけではない、そういうことだった。
「世界中あまねく我らの海、今でもそう考えていると?」
「その節はある」
「経験は偉大な教師、そういうことでしょうか」
「最善であるべき、などというのは所詮高望みなのだがなあ。 要は最低限の及第点であれば良いのに、戦場を経験したことのない頭でっかちな秀才官僚にはそれがわからない」
「大佐、戦場の感覚は、経験した者にしかわからないということなのでしょう。 だからこそ我々がいるのです」エイダは共感しつつも、反応のしづらい愚痴に苦笑いした。
「官僚連中は、我々と異なる価値観を持っているのだ」コールマン大佐もまた苦笑いをした。それは実務的というより、諧謔的に感じるものだった。
「やはりマナシンクロナイザーは米日同盟を賭ける元だねになりえないと?」
「少なくとも、マナシンクロナイザーの効果を実証できなければな」
「やはり見であると?」
「組織の論理なのだが。 この状況を上手く利用することだ。 国務省は急いている。 連中を先に泳がせて、推移を見てからでも遅くはない」コールマン大佐は眉を寄せていたが、表情を緩めて言った。
つまりは責任論か、エイダは少し影を差した気分になりつつも、すなおな気持ちで受け止めた。軍人とは、勇気や誠実と形容されるような、尊敬に値する何かを持つ人種だ。その尊敬に値する何かは昇進していくにつれ、左官になるころから官僚的な何かに置き換わっていき、全ての人というわけではないが、将となるころには失われていることも多かった。程度は低いが、コールマン大佐のような英雄でさえ例外ではない。国家意思に対して組織をマネージメントする、そういうあり方に強いられているのかもしれなかった。
一般的に現場(戦地)に出る階級であるエイダは(つい最近まで大尉であったこともあり)、その何かをいまだ瞳に示し続けていた。しかし、エイダは28歳にして少佐となり、参謀本部付きの諜報将校となった人材だ。組織における動き方、そのプロトコルを理解していなければありえない人事だった。つまりエイダも組織人、そういうことだった。(破天荒な側面もあるが)
「他には何かあるかね? 感想ベースで構わない」
「外交官という人たちは……なんというか皆ああなのですか? 表情が動かないというか、終始笑顔でした」
「もちろん人には寄るが、外交官という奴には読めないやつが多い。 彼らの仕事上、仕方のないことなのかもしれないが。 グレイヴス次官は他にどのような発言をしていた?」
「マナシンクロナイザーをよこせ。 それを迂遠に伝え、徐々に直接的になっていきました」
「それだけか?」
「はい」
「他に情報は出してないと?」
「……ええ」
「……おそらくだが、少佐、貴官はダシにされている。 貴官の生真面目さを見てとったグレイヴス次官はあえて自分では動かず、貴官にしゃべらせることで情報を得ようとしたのだ」
「……」
「グレイヴス次官、というより国務省だが、奴らもまた日本の意図を掴みきれていないのだろう。 そのような中での発言は時にリスクがある。 最低限の主張だけした後は、貴官にだけ情報を出させたのだろう」
エイダは先の会談での失敗を思い出していた。情報不足な中で動くのは碌なことがないと、戦場であれほど知っているにも関わらず、外交の場で活かせていない自分に嫌気がさす。
戦闘と外交、普段と使う体力が違うからなのか、異常に疲れた。ビールを飲みたい。
「あまり褒められたコミュニケーションではなかった、ということでしょうか」
「そうではない。 貴官の積極性がなければ、得られなかったであろう情報もあったことだしな」
「そういうものでしょうか」
「そういうものなのだ。 学んでいけばいいだろう。 さて、貴官は明日、非番だったな。 もしこれ以上の報告事項がないようであれば、本日の内容をレポートにまとめ提出し、今日は退勤したまえ」
「了解しました。 レポートを提出次第、退勤いたします」
エイダはコールマン大佐に敬礼しつつ復唱し、部屋を後にした。自身のデスクに戻り、急ぎレポートを仕上げ、大佐宛に送信する。長い一日の終わりに、エイダは深い息をついた。
エイダは疲れた体を引きずるようにして、車にまでたどり着き家路についた。暗やみつつある夕焼けを眺めながら、ぼんやりとドライブしていると自宅の一軒家が見えてきた。車を停め、心なしか朝よりも軽い玄関を開くと、彼まず深呼吸をして一日の緊張を解きほぐす。
シャワーを浴びた後、急ぐように髪を乾かす。そう一刻も早く黄金のあれにたどり着く必要があるのだ。冷蔵庫から冷えた瓶ビールを取り出しねじって開ける。
腰に手をあてつつ、一気にビールを飲み干した。
「キンキンだ……」ひとりでに言葉が飛び出す。
少し悩んで二本目の瓶ビールを取り出し、リビングのソファに身を沈め、スマートフォンを手に取った。いざとなったら、肝臓を強化してアルコールを分解すればいい。
「さて、今日も癒しておくれ……」とつぶやきながら、世界的に有名な動画投稿サービスのアプリを開く。
アプリのホーム画面には、心なしか以上に猫に関連する動画が並んでいる。毎晩の日課である猫動画鑑賞タイムの始まりだ。基本的に猫かニュースしか見ない上に、登録しているチャンネルも猫関連がほとんどなため、優秀すぎるレコメンドエンジンが猫の動画ばかりをホームに並べてくれている。
「素晴らしい……」
グルーミングする猫。ゴロゴロうなっている猫。苦手な箇所をなでられてシャーッしている猫。すべてが素晴らしい。頭をからっぽにして、お気に入りのチャンネルで、推し猫たちを見ていると心が浄化されていくのを感じる。
お気に入りの推し猫たちだけでなく、優秀なレコメンドエンジンが提供してくれる新しい出会いも最高だ。今日は真っ白でモフモフな立ち耳のスコティッシュフォールドに出会った。その猫は目を閉じると、日本の国民的アニメに出てくるキャラクターに瓜二つなのがチャームポイントだ。即座にチャンネル登録をする。
エイダは猫動画を見ながら、ふと自分の生活を振り返る。仕事にはやりがいを感じているが、忙しい仕事のせいで、実際に猫を飼うことはできない。それでも、いつか自分の猫を抱きしめられる日が来ることを密かに夢見てしまう。
長期間、家を空けることが多い自分は、猫を飼うには適していないことを理解している。飼ったことのない猫の知識ばかりが増えていく中、いつか猫と暮らせる日が来ることを夢見ながら、いつのまにか二本目のビールが空となっていた。それなりの時間がたっていることに気づく。
エイダは時計を見て、明日は久しぶりにハイスクール時代の友人に会う予定を思い出す。明日は飲みまくるぞ、というやつだ。気兼ねなしに会える友人との酒に溺れる時間を想像して、今からワクワクが止まらない。
そんなことをぼんやりと考えていると、あまりの疲れから瞼が自然に下がってくるのがわかったので、彼女はベッドに横たわった。目を閉じると、今日見た猫たちの愛らしい姿が脳裏をよぎり、つい微笑みながら、疲れから来る眠気ですぐに意識は遠のいていった。
エイダはその日、久しぶりに夢を見た。
砂埃の煙たい石造りの家の中であった。女性が自分の膝下に縋りつき、懇願していた。エイダは震える手でM17拳銃のスライドをひき、薬室に弾丸を送っていた。エイダは、天井に張り付いた目玉から見るように、それを俯瞰した視点でただ見ていた。
突然、視点が一人称に変わった。エイダはM17を構えていた。M17の照星を、震える手で対象のある一点に慎重に重ね合わせていた。せめて苦しまぬように。照星の先には後ろ向きに背中を向けた女の子、その後頭部が指し示されていた。
夢の中で登場するアングルは、自らの視点であったり、三人称の視点が入り混じっていた。カメラワークに凝ったズームイン・ズームアウトが映画の演出のように施されていた。視点が目まぐるしく切り替わる。エイダはこれが夢だと気がついた。
エイダは、M17をホルスターに戻す電気信号を脳から発したが、体はその命令に従わなかった。その代わりに、何度も訓練で繰り返し、体が覚えた習性のまま力強くトリガーを引き絞った。
母親は、理性を失った野獣に陵辱される前に、美しい見た目と記憶のまま、娘の人生を終結させてほしいと懇願していたのだった。
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