3話-①:上司への報告

 会談を終え、国務省の玄関を出て、冷たい風が肌に触れるのを感じた。日本の外交官、鈴木局長と坂本たちとの会談は無事に終わったがエイダの一日はまだ終わっていない。


 ペンタゴンまで十分ほどの距離だ。国務省まで乗ってきた車にゆっくりエンジンをかけながら、上司への報告用に会談の内容を整理する。要点は主に三点だ。


 一点目はマナシンクロナイザーの概要である。マナシンクロナイザーは端的に言うと魔法が使えるようになる薬剤だ。摂取からすぐに人工的なマナチャンネルが生成され、三十分ほど魔粒子にリンクし魔法が使えるようになる。使用後は強い疲労感に襲われ、連続での使用は推奨されていない。また、長期的な使用に対する副作用や依存は不明である。


 二点目、日本のマナシンクロナイザーにおける国際的なスタンスだ。彼らはマナシンクロナイザーについて、アメリカとの共同歩調は決して最重要ではなく、独自管理の路線を取ろうとしている。IMSCとの連携で将来的には国際利用のガイドライン設定を述べていたが、あくまで長期的で不確定な方向性だ。エイダはアメリカの国益を見据え、独断で中国軍の活動活発化をほのめかすカードを切り日本の態度を揺さぶった。その上でも彼らの独自管理の路線に揺らぎが見られなかったということは、これは日本の意思決定として相当固い部類なのではないかと推測している。


 そして最後の三点目はグレイヴス次官のスタンスだ。国務省の総意かどうかは不明だが、会談の場で、アメリカはマナシンクロナイザーの技術共有を求めるカードを切っている。その場に居合わせた関係者のスタンスを、確定情報と前提を置いて共有を行っておくのは重要なことだ。


 ともすれば縦割り社会になりがちな官僚組織において、省庁間での情報共有は完全に行われていることは保証されない。こういった所感の共有を行っておくのは実は上司に喜ばれる。決定的な局面において、情報不足の中で意思決定を行うための材料になるかもしれないからだ。


 そんなことを頭のなかで整理しながら運転していると、いつのまにかペンタゴンの巨大な建物が見えてきた。セキュリティチェックにたどり着くと、マッチョな衛兵がIDの提示を求めてきた。もう一人が犬を連れ、爆弾の類などがないか、車の点検をしている。犬がかわいい。チェックを通過し、駐車場に車を停めた。


 ペンタゴンはアメリカ国防総省の本庁舎のことで、世界最大の低層オフィスビルだ。第二次大戦中に建設が開始され、わずか16ヶ月ほどで完成したこの施設は、まさにアメリカ工業力の象徴とも言えた。


 国防長官府にはじまり、陸海空魔の大臣をサポートする各省、各軍の司令部として陸軍参謀本部、海兵隊司令部、海軍作戦本部、空軍参謀本部、宇宙軍作戦本部、魔法軍参謀本部、合計6つの組織があり、それらを統合する統合作戦本部も含めると12もの組織が入るペンタゴンは、国防の中枢というにふさわしい場所であった。


 本来的に、エイダは国防総省内の組織であるアメリカ魔法軍に属する軍人である。国務省の要請を受け、統合参謀本部付きの少佐という形で国防総省から『魔法専門家』として派遣されていた。そういった事情で、エイダには魔法軍参謀本部における直属の上司であるジェイムズ・コールマン大佐がいて、上司には報告ミーティングをする必要があるのだった。そしてコールマン大佐は彼自身の上司である魔法軍参謀総長に報告し、魔法軍参謀総長は統合参謀本部議長と定期的なミーティングを持つことになっている。このように、情報は組織の階層を上って共有され、最終的には国防長官や大統領にまで届くのだ。巨大な組織の縮図、エイダはその歯車であった。


 エイダはペンタゴンの一角にある魔法軍参謀本部エリアの重厚な廊下を足早に進む。両壁には、かつてアメリカ魔法軍の参謀総長を歴任した人物たちの写真が並んでおり、厳かな雰囲気が広がっていた。


 神妙な気分になりながら、先ほど整理した内容を、頭の中で次に報告すべきポイントとして繰り返す。アメリカは日本の動きを見据えた戦略を固めなければならない。エイダの役目は、情報を正確に伝え、統合参謀本部が次の一手を練るための材料を提供することである。


 コールマン大佐のいる執務室にたどり着くと、静かに上司の部屋の扉をノックする。


「入りたまえ」


 落ち着いた声が部屋の中から響いた。エイダは深呼吸をして、部屋に入った。コールマン大佐は机に向かって座っており、エイダを見上げた。四角い顎としっかりとした眉を持ち、がっしりとした左胸には数々の勲章が輝いている。有能と誠実、そして勇気が一体となった、まさにアメリカ軍人の鑑といえる出で立ちに、エイダは姿勢を正して敬礼した。


「レヴィーン少佐、早速だが国務省での会談の内容を報告してくれ」


 厳格な出で立ちとは裏腹に、コールマン大佐は穏やかな口調で尋ねてきた。


「サー! 大佐。 報告事項としては三点あります。 一点目として、まずマナシンクロナイザーの概要について報告いたします」


 一度にすべて説明するよりも、まずはどれだけの報告内容があるのかを伝え、一点目として着目している点を伝えることにする。聞き取り手にとってわかりやすく、また議論しやすい会話の進め方となるよう心がけるためだ。


「マナシンクロナイザーとは、端的に申し上げると非魔法使いが魔法を一時的に使用できるようになる薬剤です。 摂取からすぐに人工的なマナチャンネルが生成され、三十分ほど魔粒子にリンクし魔法が使えるようになるとされています」


「副作用の類は確認されているのかね?」


「はい。 使用後は強い疲労感に襲われ、連続での使用は推奨されていないとのことです。 長期的な使用に対する副作用や依存は現在確認中とのことでした」


「薬剤を投与された非魔法使いは、どの程度まで魔法使いとして強化されるのかね?」


「個人差があるようですが、一般的には先天的な魔法使いほどまでには強化されず、戦闘面でも劣りそうです。 しかし、これはあくまで魔法使いとの比較であり、マナシンクロナイザーを投与された非魔法使いは我々と同じように知覚面も強化されており、その程度レベルは現在調査中のようですが、単純に魔法兵器の使用可能性まで視野に含めた能力面の強化、またその絶対数を一時的にでも増加させるという点では脅威となりそうです」


 聞きとり調査した内容だけではなく、自身の分析を踏まえて話をすることでポイントアップを狙う。そして、確認すべき事項をきちんと確認してくれる上司との会話はやりやすい。エイダは順調な報告の推移に内心少し満足感を感じつつも、用意していた回答を返しながら、受け答えは順調なように思えた。


「わかりやすい報告に感謝する、少佐。 マナシンクロナイザーを先天的な魔法使いに投与したケースはどうなるかね?」


「‼」


 エイダは想定できてきなかった質問に内心かなり焦りを感じた。会談を終えた後に、微かな達成感と同時に感じた嫌な予感の正体はこれか……。

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