第23話 一人、起きる
遠くから聞こえて来る鳥のさえずりに重い瞼を開く。
ぼやけた視界の焦点が徐々に合わさってくると、そこが私の寝室であることが分かった。
重く感じる体を起こす。
まるで何かが纏わりついているかのような違和感。
これは身に覚えのある感覚。
そう。治癒の反動で寝込んだ後、目覚めた時の感覚。それに似ている?
「いづな?」
寝室には先ほどまで私が横になっていた布団が敷かれているだけ。
鈴奈のも、いづなのも無い?
「鈴奈? 母上?」
私は飛び起きる。
重いと感じた筈の体は、まるで羽のように軽く、私の思うままに動く。
まずはみんなを探さないと。
母上の寝室――誰もいない。
居間と台所――誰もいない。
境内――誰もいない。
拝殿――此処にも誰もいない。
「ねぇ。みんな何処に行ったの? どうして誰も居ないの?」
一人が寂しくて、胸の中の不安と焦燥と恐怖と、いろいろな感情がごちゃごちゃになって視界が滲む。
「ねぇ。なんで誰も答えてくれないの? ねぇッ!!」
私の問い掛けに、しかし誰も――。
『――ついてこい』
「え?」
唐突に聞こえた声。
振り向いた先。滲んだ視界の先に黒が居た。
なら、この声は黒の声?
「――く、ろ?」
『ついてこい』
黒は背を向けるとピョコピョコと歩き出す。
「黒。どこへ連れて行くのですか?」
『――』
私の問い掛けに、しかし黒は答えてはくれなかった。歩みを止めることなく進んでいく。
黒を追いかけて、社殿の横を抜け鍛錬場の奥にある細い道へ。
その先が何処へ通じているのかを私は知っている。
そこは年に二度だけ訪れる場所。お婆様と父上の命日に。
そして、その日以外は決して近づこうとしなかった場所。
私の弱さを、未熟さを、思い知らされるのが嫌だったから――。
『どこまで覚えている?』
「なんの、こと、ですか?」
『昨日のことだ。どこまで覚えている?』
ズキン。と、胸に痛みが走った。
何故なのかはわからない。
昨日は、社の異変に気付いて、鈴奈といづなと三人で社に戻ってきた。
結界に守られた社に入るために私の神力を使って、結界に穴を空けて、鈴奈が先に……、それから、それから?
何かとても嫌なことがあった気がする。だけど、よく思い出せない。
「わか、りま、せん。黒は、知って、いるのですか?」
震える声で問い掛ける。
しかし、答えは無かった。
小路の続く林を抜けると一気に視界が開けた。
そこは広く開けた見晴らしのいい場所。
視界の先には良く知った墓石が置かれている。
ご先祖様、お婆様、父上、それから、それから、私の知らない。まだ新しい三つの墓石?
「これ、は……」
ふらふらとした足取りで新しい墓石へ近づく。
父上の墓石に並ぶように建てられたのと、少し離れて建てられた一回り小さな墓石。そして、その隣にはさらに一回り小さな墓石。
『壱与に頼まれた。残された娘を頼むと』
「え?」
な、なら、この墓石は……。
「そ、そんなことが、だって、母上は、鈴奈は、いづなは……」
『まだ思い出せぬか?』
黒の朱色の瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。
全てを見透かすかのような眼光に、何かの記憶が……、思い出すことを拒絶したい記憶が頭の中に。
異形に殺された鈴奈と母上。
駆け寄ってくるいづなは、いづなは私に敵意を向けて。
腕に食らい付いた式神が燃えて。
ああ。駄目。駄目。私が、私が――ッ!?
「あ、ああ……。そ、そんな、そんな」
視界が滲む。ポタポタと涙が零れ落ちる。
『思い出したか?』
「私が……、いづなを……、こ、殺した……」
『――』
「な、なら、やっぱり、こ、これは、母上たちの、お墓……」
黒は答えず、ただ、静かにそこに佇んでいる。
「ああ……。うあああ。ああああああッ!!」
堰を切って感情が溢れ出す。止めどなく止めどなく。
受け入れがたい現実と、哀しみと、後悔と、懺悔と、色々な、色々な感情がグチャグチャになって、決壊した。
泣き叫ぶ私に黒が静かに寄り添う。
その黒を私は無意識の内に抱きしめて、そして泣き続けた。
涙が枯れて、一滴の雫も零れ落ちなくなるまで、ずっと。
やがて、私が落ち着いた頃には既に陽は傾いて空は茜色に染められていた。
「――教えてください」
『我の知る限りであれば答えよう』
「あそこで、何があったのかを。そして、私が一体、何なのか、を……」
『少し長くなるぞ』
「構いま、せん……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます