第22話 きょうこう

――生きなさい。


崩れ落ちる母上の口がわずかに動いて、“私”へそう言った気がした。

そして、母上の体はゆっくりと地に倒れた。

赤が、母上の命の赤が、その体から流れ出し大地へ広がっていく。

ああ、あああ。そ、そんな、嫌だ。嫌だ。嫌ああああああああああああ!!!!!!!!


――ドクンドクンドクンドクンドクンッ!!


胸がはち切れそうなほどに鼓動が跳ね上がる。

真っ赤に染まった視界がブツンと切れて暗転した。


意識の最奥でソレは佇んで居た。

顔は良く見えない。ただ口元だけに不敵な笑みを浮かべている。


『ついにか……。なら、見せてみろ。そなたの可能性を――』


次の瞬間。何かが“私”の中に流れ込み。そして、視界が開けた。


「ああああああッ!!」

『な、何ッ!?』


異形の拘束を力任せに破る。


『なッ!? まだこれほどの力が? いや、馬鹿な。そんな事がッ!?』


異形が吠える。

無数の光弾が放たれた。同時に、死角からは尻尾の一撃。

ただ、その全ての動きが余りにも緩やかに視えた。

体が軽い。

負ったケガも気付けば治癒していた。


ああ。これが、“私”の本来の力――。


光弾の射線から体の軸をずらし、尻尾の攻撃を手で受け流す。

そのまま反撃で尻尾へ掌底を叩き込むと、尻尾は呆気なく粉砕してしまった。


「――脆い」


異形の懐へ突っ込む。

こちらを目で追いながらも異形の身体は全くついてきていなかった。

こんなに遅かったのかと、そんな事を考えながら、異形の鳩尾を蹴り上げた。

パァーンッ。と、異形の鳩尾から真ん中の頭までが綺麗に吹き飛ぶ。


『『ひぃッ!?』』


残った二つの頭が同時に悲鳴のような声を漏らした。

異形の顔が歪む。まるで驚愕とも恐怖ともとれる表情。

どちらにしても“私”がすべき事は決まっていた。

“私”は自身のを以って異形の周囲に結界を張ると、結界の内側に神力を解き放つ。


「その存在一片たりとも残さず消え失せろ」

『『や、やめ――ッ!?』』


そして、結界の中で高濃度に圧縮された神力に飲まれ、異形は文字通り一片も残らず消滅した。


「――母上」


事切れ、冷たくなり始めた母上を抱き上げる。

軽い。余りにも軽い体。命の無い体はこんなにも軽いのか……。

本当なら、これからはもっと母上と、鈴奈と――。


「壱希お姉ちゃんッ!」


境内の入り口にいづなが立っていた。

そういえば、置いて来てしまったのを思い出す。

だけど、もう全てが終わってしまった後だ。いや、だからこそ良かったのだろうか。

あの時、いづなが居ても足手まといにしかならなかっただろう。

結果的に、いづなは生き残れたのだから。


「――いづな」


ポツリといづなの名を呼ぶ。

それから、“私”は、母上を鈴奈の横へ静かに降ろした。


「母上……。鈴奈……」


視界が滲む。

ポトリ。ポトリと零れ落ちた雫が、“私”の手の甲へ落ち、滑り落ちて地を濡らす。

もっと早くに、私が“私”であれたのなら、そして、もっと早くにあの異物を飲み込んでしまってさえいれば、こんな、こんな結末には……。

でも、もう何もかもが遅かった。“私”に力が無かったから、何もかもを失って……。


「どうして? 壱与様と鈴奈お姉ちゃんは傷だらけなの? どうして、動かないの?」

「いづ……な……」


涙で滲んだ視界の先には不安に染まったいづなの顔。

そうか。なんとなく理解していても実感が――。と、いづなの視線が“私”を捉えた。そして、その眼差しに疑念の色が浮かんで――。


「壱希お姉ちゃんじゃないッ!?」


バンッ。と、いづなが“私”の手を払いのけて距離を取った。


ああ……。そういえば、いづなはあの時も“私”と私の違いに気付いていた。


「壱与様と鈴奈お姉ちゃんに何をしたんだッ!? 壱希お姉ちゃんを返せッ!!」


両手に形代となる式札を出したいづなは、すぐさまそれを式神へと変化させる。

現れたのは二匹の狼。


「式神を戻しなさい」

「嫌だ! まさか、あの時みたいにお前が壱与様たちを……」

「なッ!? ち、違う。母上は、鈴奈は――」

「いけッ!!」


二匹の狼が“私”の両腕に喰らいつき動きを封じようとする。

どうしてこの子は……、 “私”の言う事を聞けないのか。せっかく、せっかく生き残ったというのに。

フツフツと、フツフツと、内側から仄暗い感情が膨れ上がっていく。

まぁいい。腕の一本や二本。少し痛い思いをすれば素直に――。


――ズキンッ!?


「う、ぐあッ!?」


急に激しい頭痛が“私”を襲う。

まさか、まだ消えていないのか? 完全ではないというのか? まだ抗うと?


「くふふ。あはははッ!! だったら、今度こそ。完全に。二度と戻って来れないように、その心をへし折ってやる!!」


ボウッ。と、両腕に噛みついていた式神を神力の炎によって消滅させる。


「お前が悪いんだ。全部、お前が悪いんだからな!!」


そして、“私”は何の躊躇いも無く、いづなへ向けて腕を振り抜いた。


『駄目ぇぇぇぇぇぇッ!?』


――心地良い絶叫を我が身の内に響かせながら。

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