第21話 激突

境内に繋がる階段を越えた先の光景。

その不可思議な光景に“私”の思考は一瞬停止した。

だが、視覚だけはその光景を常に伝え続けてくる。見たくもないその光景をハッキリと……。

う、嘘だッ! だって、先に行ってるって、いつもと同じ表情で、さっきまで……。


眼前に広がるその光景は、三つ首の異形によって胸を貫かれた鈴奈の姿だった。


『違うッ!? この娘ではない』

「あああッ!! 貴様ぁッ!!」

『貴様かッ!!』


怒りに任せて異形へ突撃する。

同時にこちらへ気付いた異形が吠えた。だが、遅い。異形の胴に拳がめり込む。

そのまま勢いに任せて腕を振り抜くとその巨体が吹き飛んだ。

ヒュン。と風が鳴る。視界の端に映り込んだソレを見て、咄嗟に両手で防御する。

直後、衝撃で体が弾き飛ばされた。


あの異形アイツ。吹き飛び際に尻尾で反撃を……。


「ぐッ……」


想像以上の威力に膝を着く。

異形が吹き飛んだ先から何かが放たれた。

それが見えているのに、まだ身体が思うように……。


「いけません」


母上が叫んだのが聞こえた。

母上の放った式神が異形が放った何かを受け止め激しい閃光を瞬かせる。

ピシリと式神に亀裂が走る。


「逃げなさいッ!」


母上の焦った声が届く。だが、まだ身体が動かない。そんな、この程度で?

まさか、余分な部分が未だに枷になっているのか?

避けることを諦め防御姿勢を取ろうとしたところで、ドン。と体に衝撃が走る。

直後、パァーン。と式神がはじけ衝撃波が駆け抜けた。


「痛たた……」


体を起こす。

目の前には“私”を庇う様に覆いかぶさった母上が居た。


「何故来たのですか!? 有事の際は領主の屋敷へ避難しろと伝えた筈です!」

「で、ですが、私は母上の力に――」

「その甘い考えがあなただけではない他の者をも危険に晒すのです! ――あなたは守られるべき立場なのですッ!」


厳しい口調で叱責される。

母上の言葉は正しかった。戻ってこなければ、鈴奈は、鈴奈は――。


『感じるぞ。辰の気配を、やはり貴様が器か。しかし解せぬ。何故ここまで辰の気配が弱いのだ? これではまるで――』


異形が何かを言った。だが、そんなことはどうでもいい。


「私は、壱希だ! 器なんかじゃないッ。死ね。鈴奈の仇ッ!!」


母上の引き留める声が聞こえたが、無視して一直線に異形へ向かう。

異形は光弾を放つ。

そのノロマな光弾をすべて回避する。

再び懐に入り、打撃を見舞う。ひたすらに、我武者羅に――。


――おかしい?


何度も打撃を打ち込む度に違和感が増大していく。

当たっているにもかかわらず有効打になっていない。

まるで攻撃を受けても受けた直後にそれが無かったことにでもなっているような。


「退きなさいッ!」


母上の言葉にその場を飛び退く。ほぼ同時に異形の尻尾が眼前を横切った。


「破ッ!」


私と入れ替わるように前へ出た母上が気迫と共に刃を一閃させる。

切っ先が異形の尻尾を捕えその先端を切り落とした。

しかし、切り落とされた尾の先端は地に落ちる前に霞のようにして消え、切断された筈の尻尾の先端は切断面から生えてくる。

一瞬で再生したのだ。おそらく、これが先ほどから感じていた違和感の正体。


『無駄だと言っている!』


異形は咆哮すると無数の光弾を放つ。

すぐさま母上は式神を放ち、それが光弾を受け止める障壁となる。


「壱希。いづなを連れて直ぐにこの結界の外へ逃げなさい。もう誰も死なせるわけにはいきません」


静かにしかり強い語気で母上が言う。

母上がチラリと視線を向けた先には鈴奈の亡骸があった。

そうだ。私がもっと早く駆け付けていれば、あの時、私が臆することさえなければ、“私”が最初から主導権を取ってさえいれば――いや、この内にある異物さえなければ。そうだ。全部、全部、全部、オマエさえ居なければ!!


――!?


「あッ。がぁッ!?」


突如、胸に走った激痛に膝を着く。


「壱希ッ?」

『死ねぇ!!』


異形の三つある頭部が大口を開けると一際巨大な光弾を放った。


「――くッ!?」


咄嗟に母上は私を脇に抱え上げると跳躍する。――直後、母上が防御のために展開していた式神の結界が弾けた。

爆音が響き、衝撃波が全身を叩く。


「うぅ。ケホケホ。は、母上……?」

「良いですか。よく聞きなさい」


ぺたりと母上の濡れた手が頬に触れた。

そして、ポタポタと生暖かい何かが顔に落ちる。

母上の額からは血が流れて、頬に触れる手も血で……。


「今から私は社の結界を使ってアレをこの地に封じます。あなたはいづなと領主の処へ行きなさい」

「い、嫌です。そんな。だって、やっと母上と」

「ごめんなさい。あなたとはやっと言葉を交わせたのに。何も出来なかった哀れな母を許してください」

「――!? ああ、母上。“私”に気付いて……」


母上が優しく微笑んだ。

母上は、“私”に背を向けて異形へ向かっていく――。

伸ばした手は、だけど母上を掴むことは出来なかった。

ああ。だめだ。ダメだ。駄目だ。このままじゃ。このままじゃッ!!

無理にでも立ち上がるとした矢先、視界が赤に染まった。


「かはッ!? ――え?」


母上の背後の空間が裂け、そこから出現した何かが、“私”の胸を貫いていた。


「こ、これ。アイツの尻尾?」

「壱希ッ!?」

『言った筈だ。我の目的は辰だと。辰の器が見つかったのであれば他に用は無い』


異形の尻尾は“私”の胸を貫いたまま裂けた空間へ戻っていく。

そこへ母上が刀を振るうも、“私”の体が裂けた空間へ呑み込まれる方が早かった。

次に気付いた時には、異形の手に身体を掴まれて動く事すら出来なくなっていた。


『普通の人間ならとうに死んでいてもおかしくは無いが、微かに辰の力を感じる。目覚め掛けという事か』

「辰? それが私の中にある異物?」

『異物だと? 貴様、まさか我ら神の眷属の魂を逆に飲み込もうとしているというのかッ!?』


異形の顔が驚きに満ちた。

はは。これだけの力を持つ化け物でもこういう顔をするのか。


『何が可笑しい?』


異形の腕に力が込められる。

それだけで、ベキボキと、肋骨が砕け、肺が潰された。


「あがッ!!」


口から真っ赤な血と泡が吐き出される。

激痛で一瞬意識が飛んだ。

だが、それだけだった。

痛みはあるが、まだ生きている?


「離しなさい!」


母上が異形へ斬り込む。その刃を異形は空いていた手で呆気なく受け止めてしまう。

先の攻撃で満身創痍だったのか、それとも捕まった“私”に気を取られたのか。

その瞬間、母上に隙が生まれた。

そして、その一瞬の隙は致命的な隙となった。

隙によって生まれた僅かな時間さえあれば、異形が母上を仕留めるのには十分だった。

次の瞬間には空間を割って出現した異形の尻尾が、母上を背後から串刺しにしていたのだから。


「――ッ!!」


“私”は声にならない叫びをあげた。


目の前でゆっくりと崩れ落ちる母上を見ながら……。

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