第18話 綻び

軽い昼食を済ませた私は、母上と一緒に食器を洗っていた。

鈴奈といづなは神術の練習です。

先日の件からいづなは神術に対して俄然やる気を出している。

少しでも早く鈴奈に追いつくのだと意気込んでいるようです。

神術は実践を以って学ぶことが一番効率の良い方法になる。そのため、いづなを教える適任者は母上か鈴奈になります。

神術を教えることは出来ても使えない私では残念ながら技量向上の役にはなれない。

それから、先日いづなを襲ったというもう一人の私については私の中で保留中。

母上に話そうにも当事者である私は何も覚えていないし、いづなも何となくそんな感じがしたというだけで、上手く話をまとめることが出来なかった。

止めに入ったという黒も最近姿を見せていない。おそらく、黒は妖だろうから意思疎通は出来るとは思うのだけど、ただ、言葉を話せるとは限らないので当事者としては当てに出来ない……。

たぶん、あの時のおかしな感覚が再発すれば黒が現れる可能性はあるのでしょうけど、再発するのかどうかも分からない不確かな状況。


「はぁ……」

「いづなが鈴奈に取られてしまったようで心此処に在らずといったところでしょうか?」

「あ。い、いえ。そ、そんなことは……」


母上の言葉に思わず心が乱れる。

食器を洗う手に力が入る。

ゴシゴシゴシゴシ。

母上の言葉は図星ではない。図星ではないのです。だから、余計なことは考えない。そ、そう。考えない。

無心。無心。無心で食器を洗えば良い。


「ふふふ。心配せずとも大丈夫ですよ。いづなが力を望むのは、きっとあなたのためですから」

「――ッ!?」


母上の追撃に湯呑を洗う手に更に力が入った。


――ミシ。


「え?」


パァン。と手の中にあった陶器の湯呑が割れた。


「あぐッ!?」


震えながら手を開くと、カチャリ、カチャリ、ポトリ、ポトリと、私の手から砕けた陶器の欠片が零れ落ちる。

その後を追うようにして赤が咲いた。

直後、湯呑を掴んでいた左手に激痛が走る。声にならない悲鳴が吐き出され、真っ赤な色が床に広がっていく。


「壱希。ケガをした方の手首を掴みなさい。止血します」


言われるままに右手で左の手首を掴む。

母上は、左の掌に残った欠片を手早く除去するとそこに手を重ねた。

暖かな神力が私の手に流れてくる。

すると、痛みが徐々に和らいでいくのを感じた。


「母上、これは……」

「あなたの治癒には及びませんが、私くらいになれば神術でも止血くらいは可能なのですよ? ――はい。あとは、軟膏を塗って……、あら?」


母上が私の手に残った血を水で洗い流す。


「え?」

「まさか、そんな……」


そこには傷一つ無かった。

あれだけ深かった手の傷が跡形もなく無くなっていたのです。

母上の神術といえど、これほど強力な効果は無い。それに、私の治癒は私自身には効かないし、そもそも治癒を使ってすらいないのに。

なのに、どうして?


「壱希。あなたに大事な話があります」

「は、はい……」


何時になく真剣な眼差しの母上に私は掠れた返事をすることしかできませんでした。


「座りなさい」

「はい」


母上の部屋で促されるままに腰を落ち着ける。

ですが、真っ直ぐ私を見据える母上の眼差しに恐れと不安から鼓動が早くなる。


「先に謝罪しておきます。いずれいずれと躊躇っていた母を許してください」

(あれ? 怒られるわけじゃない? というか、どうして謝罪なんて?)

「い、いえ、そのようなことは。それに先ほどは私のために神術まで使って――」

「いいえ。それは些細なことなのですよ。壱希」


暫しの間、母上は目を伏せ、そして、大きく息をする。


「――壱希は、幼いころから体が弱かったのを覚えていますか?」

「はい……」


そうです。それは私にとっては忘れたくても忘れられない記憶。


「それは、あなたの中にあなたとは違う別の魂が宿っているからなのです」

「わ、わたしの中に、別の魂が……」


コクリと頷く母上。


「神術が使えないのも、その魂にあなた自身が飲まれないため、あなた自身が神術を無意識に行使しているからなのです。それも休むこと無く絶えずに……」


え? なら、母上は私が神術を使えない理由をずっと知っていたということなのですか?


「治癒の力に目覚めたころから、あなたの力には少しずつ余裕が生まれたのでしょう。先日の田植え祭りにおける神力の発露はその証なのです。そして、結界基の異変とあなた自身に起きた不可思議な事象。それはあなたの魂が優位に立っている証に間違いありません。先ほどのケガの治癒もあなた本来の力に他なりません。いずれ、あなたはもう一つの魂を飲み込み、あなた本来の力そのものを取り戻すでしょう」

「ま、待ってください。あの日、私といづなで結界基を見に行った後の出来事を母上は知っているのですか?」

「ええ。それについては、あなたもよく知る黒から聞いています」


なるほど……って、やっぱり黒は意思疎通というか言葉を話せたのですね。

そして、私が悩んでいる間に母上はあの時のことを黒から既に聞いていたと……。

なんというか悩んでいたのが馬鹿みたいだ。


「ええと……。それは本当のことなのでしょうか?」

「ええ。嘘偽りはありません」


母上の回答はとても真っ直ぐで、そこに嘘があるようには見えなかった。なら――。


――ドクン。


「そ、そんなことって……。それじゃあ、その魂がなければ、わ、私は最初から……」


――ドクン。


「壱希。それは違い――」

「だ、だって、それなら父上は死なずに――」


あの時の記憶が、光景が蘇る。

倒れた母上、そして、血に濡れた父上――。


――ドクン。


私が、私がこんな役立たずでなければ。ちゃんとあるべき力を使えていれば、あの時、父上は――。


――パシンッ!!


不意に、亀裂の入るような音が響いた。

その直後、私は母上に抱きしめられていた。


「あなたが悔やむことはないのです。あの時のことも、全ては私の至らなさが招いた結果。そもそも、あなたの中に別の魂が宿ったからこそあなたは治癒の力を得たのです。起きてしまった事を悔いても何も始まりはしません。今ある力をどう使うかこそが大切なのです」

「母上ぇ……」

「大丈夫です。あなたも鈴奈もいづなも、私が必ず守ってみせますから」

「うう……。うあぁぁぁ……」


母上の温もりに抱かれて私は泣いた。ただただ声を出して泣いたのだ。


***


『見つけた。見つけたぞ。辰よ。次こそは必ず――』

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