第16話 私

私といづなが社に戻って来た頃には陽は西に傾き始めていました。

帰りは行きの倍ほどの時間が掛かってしまったことになる。

原因は私。

帰路の途中、私の体は徐々に重くなり足取りも遅くなっていました。

最初は神力を消耗した事で疲れたのかな。と思いました。

ですが、結界基を回復させるために消費した私の神力はそれほど多くはないのです。

だから、神力が底を尽き神力酔いということはあり得ない。むしろ、私の神力まだ余裕はあるのです。

神力酔いでは無い筈。それなのにどうしてか体が重い。まるで自分ではない別の体を無理矢理に動かしているような感覚。

時折、思考も靄が掛かったようになって足元が覚束なくなってしまった。そのため、道中何度も休憩せざるを得なかったのです。


「お姉ちゃん。大丈夫?」


心配そうな表情のいづなが私の顔を見上げる。

道中ずっと支えてくれていたので申し訳ない気持ちと私自身の情けなさが溢れてしまいそうになる。


「はい。大丈夫です。それよりありがとう。いづなのほうこそ疲れてない?」

「僕は大丈夫。でも、お姉ちゃんのほうが心配。顔色も良くないから」


いづなに支えてもらいながら社殿の階段に腰を落ち着けさせる。

相変わらず体が異常に重い。

社に着いたことで気が抜けたのでしょうか?

一歩も歩きたくない。このまま此処に根付いてしまいたいと思うほどの酷い倦怠感。

本当にどうしてしまったのでしょう?

神力供給量による負荷? いえ、でも過去には母上に対して今回以上の供給をした事もあった。

相手がいづなだったから? いえ、それも無いでしょう。私の神力は術者に勝手に吸われていくのですから、そもそも対象を選ぶという事が無い。

頭の中に霞が掛かって考えがまとまらない。

体の感覚も酷く曖昧になっているような気がする。


「お姉ちゃん。水を汲んでくるから待ってて」


いづなは立ち上がって母屋へ駆けていく。

その去り際の言葉すら酷く遠くに感じた。


『もういいでしょう?』

「――ん?」


不意に誰かが私に問い掛けた。


『あなたは存分に楽しんだわ。だから、もういいでしょう?』

「楽しんだ? 一体、何の、話を……」


抑揚のない声音。

それでいて頭の芯まで響く女声。


『意識を楽にして。あなたはただ眠ればいいの』

「ねむ、る……?」

『そう。深く深くどこまでも深く……』


ふと、誰かの手が私の頬に触れた。


「いづ、な……?」


閉じかけた瞼を懸命に開こうとする。

霞みがかった視界の中に見えたのは、――私?


『眠りなさい。――私の代わりに』


***


目前に広がる風景。

肌に触れる風。

鼻に届く草木の匂い。

私は立ち上がると深呼吸をした。

胸いっぱいに空気を満たして、ゆっくりと吐き出す。

それだけで胸が高鳴る。

ああ。心地好い。これが肉体を持つという事か。

そうだ。私は生まれた時から、ずっと、ずっと、アレを抑え込むのに必死だった。

気を抜けば私が呑み込まれてしまうほどに、アレは脅威だった。

だが、つい先日、不意に私に余力が生まれた。

永劫に続くかと思われていたアレとの力の均衡が私へと傾いたのだ。

だから、何の力も無いアイツに取って代わる事が出来るのではないかと考えた。

流石に、直ぐにというわけにはいかなかった。

アイツも神力で自信を保護していたからだ。しかし、それも万全では無い。アイツが神力を消費すればそれだけ保護も弱まるのだ。だから、今日は絶好の機会だった。

そして、遂に私はアイツと代わることができた。


「ふふふ。素晴らしい。本当に素晴らしいわ」


嬉しさのあまり笑みが零れてしまう。


「お姉ちゃん?」

「いづな……。おかえりなさい」

「水を汲んできたよ。それより、もう大丈夫なの?」


いづなは汲んできた水を私に差し出した。


「ありがとう。少し休んだら落ち着きました。もう大丈夫ですよ」


いづなから器を受け取った私は、コクリコクリと水を飲む。

冷たくてなんと美味しいことだろう。

ああ、アイツはずっとこんな思いを……。

ん? 気付くと、いづなが不思議そうな顔で私を見ていた。


「どうしたの?」


問い掛ける。

しかし、返事はない。


「お姉ちゃん。誰?」

「な、何を言っているのかな? 私は――」

「違う。壱希お姉ちゃんじゃない。お前は誰だッ!?」


――!?


その言葉が私の中に黒い感情を発露させる。

私はいづなに向けて手を伸ばし――。


『駄目ぇぇぇッ!!』

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