第15話 二人の初仕事

昨夜、陽が沈んでから帰宅した母上は、何時になく真面目な顔をして、明日は結界基の見回りを行うと告げました。

その結果、母上は鈴奈を伴って今朝早くに出発しました。

そして、私といづなはというとお留守番にはならず、壱号結界基の見回りが命ぜられたのでした。

そういうわけで、私たちは壱号結界基へ向かう道無き山道を歩いていた。

とはいえ、以前の山菜採りで通った道。二度目となるいづなは神術の身体強化を使って軽い足取りで私の後をついてくる。

さらに斥候として式神の狼まで使っています。

ここ最近の修行の成果が発揮されていますね。本当にいづなの成長は著しいものがあります。

だからか、壱号結界基の広場には前回より短い時間で到着したのでした。


「あー……」


眼前に広がった光景を見た私は、思わずなんとも言えない声を出していた。

母上が結界基の見回りをすると言った理由が分かってしまったのだから。


「お姉ちゃん。これって……」


戸惑いを隠せないいづなの声。

それもその筈。前回訪れた時はまだまだ余裕のあった結界基の神力が殆ど底を尽いていたからだ。

おおよそ半年に程度で神力を補充すれば十二分に機能する筈なのに……。

こんなこと今までは――、いえ、過去に一度、同じようなことがあった気がします。

うーん。いつだったかな。思い出せない……。

それより、まずは結界基の状態を確認しないと。


「いづな。私の言う通りに出来るかな?」

「うん。やってみる」


いづなが裾をぎゅっと握る。

緊張しているのが伝わってくる。いづなには既に結界や結界基の基礎的な事を話してあります。

だから、いづなもこの状態が良くないという事を理解しているのでしょう。

私は屈んで、いづなと視線を合わせると、震えるいづなの手を握った。


「大丈夫ですよ。そのために私といづなで此処に来たのですから。私は神術が使えません。でも、いづな以上に神術には詳しいのです。だから、落ち着いて私にいづなの力を貸して下さい」

「うん!」


いづなの瞳から戸惑いの色が消える。現れたのは決意の色。

うん。これならきっと大丈夫。


「まずは結界基に両手で触れてください」


言われた通りにいづなは結界基に両手で触れる。


「それから、いづなの神力を結界基に少しずつ流してください。結界基に神力を吸われる感覚があるかと思いますが、無理にたくさん流そうとせずに、流す量は少しづつで大丈夫です」


いづなの手から結界基に神力が流されていく、言いつけ通りに少しずつ少しずつ、やがて結界基全体にいづなの神力が巡らされていく。

結界基を神力で満たすには程遠い微々たる量ですが、それで良いのです。

状態を確認するには結界基の神術回路に神力を満遍なく通す必要があるからです。


「神力の通りが滞っていたり、流し込んだ神力が自分に戻って来るような感覚はありますか?」

「ううん。大丈夫。でも、気を抜くと神力を全部持っていかれそう」


どうやら結界基そのものに異常は無いようだ。

そうなると原因は結界基の神力をほぼ使い果たすくらいに結界を強化する状況が発生したということ?

もしかして、昨日の田植え祭りの際に起きた神力の発露が原因でしょうか?

内側で広がった神力を外に漏らさないために結界基が力を使わざるを得なかった? なんだか、外からの侵入を拒むための結界としては使い方が少々おかしい気がしますが……。

でも、これなら後は結界基が満杯になるまで神力を注げば大丈夫な筈。


「いづな。少しずつ流す神力を増やしてみてください。いづなの中の神力が半分くらいになったところで一旦止めてください」


コクリといづなが頷く。

それから結界基に流れ込む神力が徐々に増えていく。

結界基の神力が三割ほど貯まったところで、いづなは神力を注ぐのをやめた。


「お姉ちゃん。これで残り半分くらい」

「お疲れ様。少し休憩しましょう」

「うん。でも、まだ半分以上残ってる」


いづなは、神力が注がれた結界基を見て呟いた。

そうですね。

きっと、いづなの神術の才能は鈴奈以上です。それでも、神術を習得してからまだ間もない事もあって神力量そのものは少ない。

鈴奈の神力量を十としたらいづなは二くらいといったところでしょう。

なお、母上については底が見えないので言及しないものとします。

たぶん、母上の神力は鈴奈とは桁が違う。


今のいづなの神力を全て注いでもこの結界基を満たすことは出来ないでしょう。

神力が底を尽きると、神力酔いという状態になって、まともに動く事が出来なくなってしまいます。

何度か神力酔いになった鈴奈を見た事がありますが本当に辛そうでした。まぁ、一晩眠れば元に戻るのですけど……。

流石に、いづなをそんな状態にさせるわけにはいきませんので、此処で私の出番ということになる。

私は単に結界基の取扱方法をいづなへ教授しに同行しただけではないのです。

いづなの神力量ではどうしようも無くなった時のための役割を担うのが私なのですから。

それが、神術の使えない私が唯一神力を消費することの出来る特技――神力供給。

うう……。でも、鈴奈と違って、いづなは男の子なんだよね。実際にするとなると、ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。

しかし、今は覚悟を決めるしかない。


「で、では、続きをしましょうか」


暫く休憩し、いづなの息が整ったところで私は自分の緊張が伝わらないようにさりげなくいづなを促した。


「うん。でも僕の神力量だと一杯には出来ないと思う」

「だ、大丈夫です。今度は私も手伝いますかりゃッ!」

「りゃ?」


うう。噛んだ。とても、恥ずかしい……。


「お姉ちゃん。顔真っ赤?」

「わわッ!? だ、大丈夫ですッ! 大丈夫ですからッ!? いづなはさっきと同じようにして神力を注いでくださいッ!!」

「う、うん?」


誤魔化すように勢いだけでいづなの背を押す。

いづなは少しだけ不思議そうに首を傾げながら作業を再開した。

目の前にいづなの背中がある。

華奢な背中。それでもそれは男の人の背中でやや角張っている。

私は恐る恐る手を伸ばして、後ろからいづなを抱きしめた。


「お、お姉ちゃんッ!?」


突然の事に驚いたのかいづなが声を上げる。


「た、足りない分の神力は私が補います。だ、だから、いづなはそのまま続けてください」

「う、うん。わかった」


神術の使用者と体を密着させる。これが神力供給なのです。

私自身は神術が使えないので自力で神力を放出する事はない。だけど、このようにして術者と密着することで、私の中の神力は術者の神術に吸い取られるようにして、私の中から術者へと移動する。

普通、こういった事象は起きないそうなのだけど、母上曰く、私の中で燻っている神力が術者の神力に反応して外に出ようとする。とのこと。

ただ、相手に密着する必要があるので、今迄は母上や鈴奈以外に使ったことがありませんでした。


(うう……。やっぱり、恥ずかしい……)


緊張と恥ずかしさから、トクン。トクン。トクンと、心臓の鼓動が早くなっていくのがわかる。

きっと、いづなにも私の鼓動は伝わってしまっているでしょう。だって、いづなの鼓動も私は感じているのですから。

ドクン。トクン。ドクン。トクン。と、二人の鼓動が交互に刻まれていく。

やがて、二人の鼓動が落ち着いてきたところで、結界基への神力供給が終わったのでした。


「ご、ごめんなさい。嫌だったよね。でも、こうしないと私の神力を分けてあげられなくて……」

「だ、大丈夫。それに嫌じゃないから……」


頬を赤くしながら言ったいづなの姿に、どこか安心感を覚えつつも顔が熱くなる私が居たのであった。

こうして、なんとか壱号は終わったけど、他の結界基も同じだとすると、母上達は今日帰って来れるのでしょうか? なんだか心配になってきました。

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