第11話 転生 2
俺は、警察に話をした。
目の前には刑事らしき人物が二人。
パッと見るかぎりドラマに出てきそうな組み合わせだった。
ベテランで強面なガタイの良い角刈りの男と
爽やかだが、ガッチリした若い男…
二人並ぶと何とも威圧感がある。
「すみません。少しお話できますか?」
角刈りの刑事が先に話し始める。
俺の身に起こった出来事の全てを話した。
…この中に犯人がいるはずだ…
俺は確信があった。
だが、角刈りの刑事は眉間にしわを寄せてから手帳をめくり若い刑事とコソコソと話し始めた。
俺はかすかに嫌な予感を感じた。
警察は、話を終えると俺の方へ向き直った。
「…今、話に出てこられた方々には…事件当時のアリバイがあります。犯行は難しいでしょう…ほかに何かありませんか?」
俺は、目を見開き、目の前の警察をみた。
警察は、少し言いにくそうに口を開いた。
「…本当に…背中を押されたんですか…?」
俺は、勢い任せに言葉を続けた。
「まってください!俺が嘘ついてるって言いたいんですか?!たしかに背中を押されて!」
若い刑事が俺を抑える。
白い手袋が妙だと感じたが早々に思考から消えた。
少し抵抗したくらいじゃビクともしない…
俺を押さえながら若い刑事が聞いてきた。
「疑っているわけじゃありません!…犯人の顔など見てませんか?」
俺は、その言葉を聞いた瞬間。
力が抜け、頭を垂れた。
「…見てません。」
俺が静かになったのを確認したのか若い刑事は手を緩めた。
刑事は、俺をまっすぐ見る。
「…事件として捜査するにはあなたの被害届が必要です。手続きをしますか?」
俺は、刑事へ目線を向けた。
俺は、目に力をいれ頷いた。
刑事たちが立ち去った後精密検査を受けたが、体には大きな異常は見られなかった。
ただ、全身ケガをしている状態のため、診断書を書いてもらった。
これは、部長の入れ知恵のようなものだ。
病院に行ったら診断書をもらう。
俺は退院後すぐに警察署へ行き、被害届を出した。
両親が迎えに行くと言ってくれたが断り、タクシーで向かった。
警察署から出ようとした時、俺は呼び止められた。
「冴嶋さん。先ほどは、病室では失礼しました。」
さっきの若い刑事だった。
俺は会釈をし、立ち止まった。
「冴嶋さん。すみません。お時間いただけませんか?」
俺は、若い刑事へ返事をして後についていった。
机と椅子しかない狭い部屋に通された。
若い刑事が、説明を始める。
「病院から退院後すぐに捜査へ協力してもらうのは気が引けるのですが、ご協力お願いします。まずは、スーツの上着や持ち物をお借りします。それから実況見分を行います。実際に会社へ行き、当日の状況について詳しく教えてください。」
俺は頷き、上着とカバンを渡した。カバンに入っているUSBメモリやボイスレコーダーもそのままに…
後々面倒になってもいけないからな…
受け取った若い刑事は手袋をはめ、証拠品を回収する。
手袋をはめていたのは、自分の指紋をつけないためだったんだ…
「この後、我々といっしょに会社へ行き、当時の様子を再現していただきます。」
俺は、パトカーの後ろに乗せられ会社へ向かった。
先ほどの刑事が俺の隣に乗っている。
寡黙に手帳を開きながら無精ひげを擦る。
そしてボソボソと質問をしてくる。
「あなたに恨みを抱く人物はいますか?」
俺は眉間にしわを寄せてから乾いた笑いで返事をしてしまった。
刑事は何かを察したのか言葉を待っていた。
「…俺の周りは敵だらけですよ…」
刑事は俺の言葉に静かに反応した。
俺は簡潔に関係性を伝えた。
登場人物と主人公との関係性
直属の上司。いつも高圧的で相手を罵るような行動が多く、いつもターゲットを絞りハブりのような行動、言動がある。尾辻と恋人関係である。
常に感情的思考であり、高圧的。周囲に自分のイエスマンで固めた派閥を作っている。
以前、金銭関係で事務と揉めた経験あり。揉め事に俺も巻き込まれてしまったため、今は目の敵にされている。村本と恋人関係であるが、新人漁りなどもしている。
社長
俺が以前、倒れた事を気にかけてくれている。
奥様には頭が上がらない様子。
奥様
自分の考えが絶対的に正しいと考えている。社長のクレカでひそかに散財している(バレてはいるが何もいえない状況)。また、村本と尾辻ともつながっており、その2人からの情報を鵜呑みにしがち。俺に罵声を浴びせることもあった。
部長
職場ではあまり強くでている姿は無く皆に優しい人。(ここでは作戦について言及しない。)
同じ職場の社員。尾辻からの言いつけで俺に小さな悪口を言う出来事があったが、その後和解。(同上)
長部 《ながべ》
長くからの社長秘書。社長秘書であるが、社長の奥様へほぼつきっきりの状態。(同上)
会社の内部は部長寄りの人と尾辻寄りの人。傍観者。やり玉に挙げられる俺。という構図。
その他にも話をしたが、今の話をすれば、
突き落とした犯人は明らかではある。
明らかすぎる…
俺は会社へ行き、実況見分に臨んだ。
その日の流れから階段で起こる事件までを再現していく。
誰に何をしたか、どうしたか…どうなったのか…
俺を見つけた人たちも加わり、状況を整理していく。
最後はふらふらになりながら説明を終えた。
実況見分が終わった後、俺は警察に伝えてから少し離れた場所で電話をしようとスマホを取り出した。
誰かがこちらに近づく音がする。
夕方の薄暗い会社の壁際にもたれていた体をすぐに起こした。
足音はどんどんと近づいてくる。
俺は足音の方へ振り向いた。
「…奥…さま?」
奥さんは俺と目があうと一瞬、眉間をゆがめる。
その表情を見て戸惑いの表情を浮かべる俺へと近づいてくる…
「…今度は間違えない。」
奥様は俺とすれ違いざまに小さく言葉を残した。
俺は、自分の耳を疑った。
「…待ってください…!!…どういう事ですか…?」
俺は、目の前の奥様に声をかけた。思ったよりも声が出たことに内心焦りつつもひるむことなく奥さんの前に立った。
奥さんの目はまるで人形でも見るような無機質な目を向けてくる。
たが、目の奥には侮蔑と中傷が混じっている…
…なぜ。…なぜ。なぜ…?
俺が…こんな目に…
侮蔑の目を向けながら俺を見る奥さんに…
俺は固く拳を握りながら聞いた。
「…次は、何をまちがえないんですか…?」
声に力が入る。奥さんははぁ。と息を吐く。
めんどくさそうに俺の顔の前でシッシッと手をふる。
それでも動かない俺を見てまたため息を吐く。
「何のことよ。」
「あなたの言ったことですよ…」
奥さんは侮蔑の目をより一層強める。
「⋯少しは考えてみたら?あなたは体験してもなお…わからないの?」
俺はワナワナと手を震わせる。
奥さんは、一瞬俺の固く握られた手を見た後、フッと鼻を鳴らした。
「今、あなたが私を殴ったら…捕まるのはあなた。私は、社長の妻よ。立場が違うわ。誰が入れ知恵したかわからないけど。」
嫌に強調する言い方に神経を逆撫でられる。
血がグラグラと湧き上がるような…言葉にしがたい感情が湧き立つ。
俺はジリジリと奥さんへ近寄る。
頭に血が行き過ぎている。
わかってる。わかってるのに。
とめどなく流れる激情にどうすることも出来なかった。
ジリ。ジリ。と距離は縮む。
「冴島さん。」
俺は肩を叩かれ我に返った。
手はじっとりと濡れていた。
少し痛い気がする。
恐る恐る手のひらをみると、血がにじんでいた。
俺は声をかけられた方向に目を向ける。
若い警官が俺の肩に手を置き、奥さんの近くに寡黙な刑事がついていた。
寡黙な刑事が、奥さんに語りかける。
「奥様。本日いらっしゃらないとの話になっていましたが、今までどちらに?」
奥さんは、刑事の視線から目をそらす。下唇を噛みながらこの状況を突破する手立てをかんがえているようだった。
「別にいいでしょ?!関係ないじゃない!」
奥さんは、刑事を押しのけようとする仕草をするが、さすがガタイが良いだけあり、びくともしない。
刑事は、淡々と話しを続ける。
「まだ。お話を聞けていませんので。お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「…かえって料理をしなきゃいけないので今日は無理です。」
その言葉を聞いた刑事は、少し考える素振りを見せた後
「…お料理は、自宅の家事代行にしてもらっていますよね?」
刑事の言葉を聞き終えるか終えないかのタイミングで奥さんは叫び始めた。
「痛い!痛い!!助けてー!あなたぁー!!
やめてぇーーーー!!!」
刑事たちはサッと奥さんのほうへ行き、逃げないように話をしたり、応援を呼んだりと騒がしくなった。
残業組がわらわらと見物しに来る状況に現実なのか分からなくなっていた。
…俺はこの状況に耐えられなかった。
痛い。助けて。やめて。
これは、俺がずっと言いたかった言葉だった…
耐え続け耐え続け…言えなかった言葉…
俺は奥さんへ近づいた。
「…奥さん。もうやめてください。みんなが見てます。」
奥さんは、自分に向けられた視線に気がついたのか急に静かになった。
その後。
奥さんは、俺の乗ってきたパトカーに乗って刑事と応援に来た警察と一緒に会社からでていった。
残された俺と若い刑事は、応援の警察が乗ってきたパトカーに乗った。
パトカーの中は静かだった。
いろいろなことが起きすぎてまた頭がぼーっとしてくる…
手足がしびれ始め、呼吸も浅くなる。
頭だけはどこか冷静で…はぁ。
また。俺は…
俺は、パトカーの中で気を失った。
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