第8話 消えてしまえば

部長は何も言わず俺をマンションまで送り届けてくれた。

マンションの駐車場に車を止める。

エンジンを切ったところで部長は話し始めた。

エンジン音が近隣の迷惑になるから配慮したのだろうか。


「明日、朝には車があるようにしておくよ。秘書さんまだ会社にいるだろうから。」


俺は申し訳なくなり頭を下げた。


「頭を上げてよ。君が引け目を感じることはない。僕達の計画に無理やり参加してもらっているんだから。大丈夫だから。明日も会社においで。」


俺は、頭を上げずに部長へ聞いた。


「俺。会社のお荷物ですよね…というか。俺。なんでこんなめに遭わなきゃならないんすかね…」


俺は本音を漏らしていた。

部長は、静かに俺を見ていた。

そして口を開いた。


「ねぇ。君は、この人どんな人なんだろうって思った時、何をする?」


俺はパッと顔を上げた。

質問の意味がわからなかった。

部長は、前を向きながら話を続けた。


「これは僕の持論で一般論ではないんだけど。君を攻撃している彼らは、君がどんな人か見極めようとあえて自分を大きく見せて威嚇をしているんだと思う。恐怖で対峙すれば人の本性が出ると考えているんだよ。だから、威嚇をしまくって、こいつは私よりも弱い。とか何でも言っていい人という風に考えて動いているんだと思う。そして、恐怖は人を動かしやすい。恐怖を与え続ければ、感覚は鈍り、正常な判断ができなくなる。反撃なんてもってのほか。したがっていれば何も起こらない…

そうする事で自分を守り、楽をしようとしている。

 そして、自分の都合のいいルールを作って人を選別し始める…」


部長は、ハンドルに目を向ける。

ハンドルを握る手にどんどんと力が入る。


「実際は、どんな事情であれ…人を追い込むことはしてはいけないんだ。人間としてね…理性のない人間は、一定数いるもんだ。自分を、まっとうな人間だといってね…」


部長は、そこまで言うとはぁ~と息を吐き、肩の力を抜いた。

そして、部長はトランクの方に目を向けた。

俺もつられるように目を向けた。


「後ろのトランクにあるクーラーボックスの中身見てみるかい?」


「えっ?」


俺は、部長の顔を見た。

部長は、フッと笑った。


「別に驚くものじゃないよ」


俺と部長は、後ろのトランクのドアへ向かった。

部長がドアを開ける。


中には何の変哲もないクーラーボックス2つと釣り道具があった。

部長は、竿をトランクの端に避けてからクーラーボックスを手前に置いた。

かなりでかいクーラーボックス。


部長は、クーラーボックスの鍵を開けながら話し始めた。


「前、君は僕に釣りをするのか聞いてくれたよね。

 実は、釣りはしないんだよ…」


俺は、「えっなんで」といいかけた時、謎が解けた。

クーラーボックスの中からおびただしい量の資料と写真。USBメモリが入った袋がでてきた。

その中に俺の診断書のコピーも入っていた。


「これは…」


部長は、乾いた笑い声をあげた。


「全部証拠だよ。」


俺は、驚いて言葉が出なかった。

そして、部長は続けた。


「僕は、この証拠を提出して会社が動かないなら会社がつぶれても仕方ないと思っている…」


俺の心臓はバクッと音を立てた。


「まぁ。会社はつぶれないと思うけどね」


ハハッと笑った声が悲しみを帯びていた。


「…俺…証拠集めます。次の犠牲を出さないためにも…」


その言葉を聞いた部長はいつもの優しい口調に戻っていた。


「…体が冷えるだろ?中で温まりなさい。」


俺は、部長に頭を下げてマンションへと帰った。


…自分のマンションについた瞬間、力が抜けた。

そして、使わなかった道具達を見つめた。

証拠を集めるためには、また俺はお局様と上司のサウンドバックにならなきゃいけない。

…吐きそうだ…


消えてしまいたい。

今日の分の証拠は揃っている。

でも、今日だけじゃだめだろう。

また明日も…


俺はまた、道具を見つめる。


はぁ…辛い…


俺は道具に手を伸ばした…


ピリリリリリリリリッ


スマホが鳴った。

俺はカバンからスマホを取り出し、慌てて電話に出た。


「ねぇ!駅前にみっちゃんたちがいたんだけど!なんでかしらん?」


急に電話してきて用件だけ伝えてくるのはアイツしかいない。


「…どうした?菜月…」


夏菜はテンション高く早口で俺に質問攻めをしてくる。


「てか、みっちゃん達って今どうしてんだっけ?」


「…しらんよ。」


「えっ。てかさ。元気〜?あたしが大学行ってから会ってなくない?」


「そうだったな。」


いっとき無語が続いた。


「…元気ないね。」


「テンション低いのはいつものことだろ。」


菜月がはぁ~と、ため息をつく。


「あんたさ。ウチら何年の付き合いだと思ってんの?小学校からの付き合いじゃん。

 わかるよ。なんとなく。」


俺は悟られないようにしていたつもりだった。


「…なんで気づくんだよ。」


電話越しに得意げにしている様子がわかる。


「昔から知ってるしね!しかも、私のほうが少しだけ早く社会人経験してるしねぇ〜」


「なんだよそれ。」


「あのさ。私聞いてるだけにするからさ。話してみない?」


俺は、少し息を吐き出してから話し始めた。

会社での事や自分の身に起きた事…

全て話をした。


「俺自身が、消えてなくなれば楽なのにな…」


俺は話の最後にポツリとこぼしていた。


「あのさ。消えてなくなって楽になるものって凪斗じゃないよ。」


久しぶりに下の名前を呼ばれた気がしてむず痒くなった。


「…じゃぁ、なんだよ。」


「凪斗がいなくなるんじゃなくて、元凶を消さなきゃ」


俺は頭をかきながら唸った。

それが出来てたら苦労はしない。


「それが出来てりゃぁこうなってねぇんだよ…」


電話越しに納得してないあいつの顔が浮かぶ。

少しの沈黙の後、夏菜は口を開いた。


「今。できることしてもだめで…死にたくなったら…いっぺん死んだと思えばいいんじゃない?今の俺は死んだ。1秒後の世界に転生したって!そう考えたら何でもできそうじゃない?だって結局死ぬこと考えるならこれがいいって!何でもできるって!」


俺は、反論しようとした後。思い直した。

…たしかに…死んだと思えば…


俺は理解しきれていないが、なんか前を向けそうな気がしていた。


俺は、夏菜にありがとうを伝えて電話を切った。


…そうだ。俺は今、しなきゃいけないことがあるんだ…


俺は、パソコンに向かった。

今日、つかんだ証拠を文字に起こす。

文字でみるとさらに生々しさが際立つ気がしたが、何かしないよりはマシだろう。

そして音声を揉み消されても紙で持っていた方がいいかもしれない。

俺は音声と照合しながら文字起こしをした。

そして、今までされてきたことについてもパソコンに打ち込んだ。


作業時間は翌朝まで続いた。


俺は朝イチでプリンターを動かし、印刷をした。

別用途で使うはずだった封筒に証拠を忍ばせ、会社へ向かう。

昨日の事があった後だったが、車は指定の駐車場へ置いてあった。

小声でお礼を言った後、車へ乗り込んだ。


…会社へ行くぞ…

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