第7話 消えない。

病院に行った次の日から俺は行動を始めた。

出勤日。俺は早めに会社へ出社した。

部長に診断書を渡した後、勤務の事を社長も交えて話をした。


社長は俺が持ってきた診断書を読み、いっとき間を開けてから口を開いた。

…俺は、変な汗をかきながら言葉を待った。


「…診断結果…見させてもらったよ。

 これから無理せず続けてほしい。

 何かあったらすぐに言ってほしい。

 こちらも無理させたくはないからね。」


俺は、小さく返事をした。


社長室を出た後、部長と共にいつも仕事をしている倉庫ではなく。

元のデスクへと向かった。

手には部署やチームの人達へ配る御詫びのお菓子を持って…

ポケットには部長からもらったボイスレコーダーを忍ばせて…


部長が部屋のドアを開ける。


「皆さんおはようございます。」


部長は、みんなへ挨拶をした後、デスクへ向かった。

俺もその後をついていくように部長のデスクへ向かった。


部長の後を追う俺を見る目はかなり痛かった。 

ポソポソとあちこちで俺の話をする人間がいる…


「あんだけのことしててよくこれたよね」


「もう辞めたらいいのに」


「だる。」


残念ながらこのくらいだとボイスレコーダーには入らないだろう。

小声のつもりなんだろうが俺の耳には聞こえてきてしまう。

俺はうつむきながら耐えた。


部長が部署全体に声をかける。


「皆さん集まりましたね。少し早いですが、朝礼を初めます。まずは、冴嶋さんからお話があります。」


そう言って部長は優しく背中をおしてくれた。


「急遽お休みをいただき、ありがとうございました。そして、申し訳ありませんでした。病院に、行った際…病気が見つかり、治療をしなければなりません。今後、ご迷惑をおかけするかと思います……申し訳ありません。」


俺は、かすかに震えで部屋全体へ謝罪をした。

頭を下げた後…顔を上げる事が出来ない。

俺は、ギュッと両手を握りしめた。

部長は、俺の背中にそっと手を置きながら


「そういった事情ですので、皆さんでカバーしながら仕事を進めて行きましょう。…冴嶋さんから御詫びのお菓子もいただきました。皆さん取ってくださいね。」


と話し終えたあと、俺を自分のデスクへ行くよう合図を出した。


俺は、それに従いデスクへ向かった。

「病気」という単語がでてきたからか、さっきとは違う同情的な言葉が増えたようだった。

俺は、ふと自分への視線に気づいた。

気づきたくない…視線…


俺は、あえて視線の主を探すことはしなかった。

ある程度は、わかっているから…


ジリジリとした視線に耐えながら朝礼を終えた。


俺は、部長へ指示をもらいに行った。


「たしかまだ途中だった資料の訂正が済んでなかったよね?

 それをお願いできるかな?」


「わかりました。」


俺は自分のデスクへ戻り、作業を進めた。

徹夜しまくって仕上げた資料を開きながら訂正の入った紙のデータと比較しながら進めていく。

倒れた日にできなかった電源切られて壊れた復元可能なファイルの原本をノートパソコンで復元して…

俺はノートパソコンを膝に置き、作業を進めた。

それから…


突然、バンッという音が室内に響き渡る。


俺は唖然として固まる。

目の前のキーボードの上に乱雑に置かれた資料。

パソコンを見ると意味のわからない文字の羅列が出来上がっていた。


「あんたさ。休んでたんだから本村さんと尾辻さんに謝罪しなよ。」


顔を上げるとお局様たちと一緒につるんでいる取り巻きたちだった。

取り巻き女性3人は、俺のデスクに資料をばらまいたあと、ツカツカと去っていった。

周りの様子を見る。丁度部長が席を外した時だったようだ。

いや。部長が席を外したからこそやったのだろう。


俺は、バクバクと鳴る心臓を押さえながらお局様、上司それぞれに謝罪をした。

だが、無視だった。

お局様は、はぁーっとこれみよがしにため息をついた後、椅子から立ち上がりわざわざ俺に肩をぶつけた後、どこかへ消えた。


「…いてぇ…」


俺はうつむき、ぶつかられた肩をさすった。


クスクスクスクスクスクスクスクスクスクス…


笑い声が聞こえる。


「ふざけるなぁぁあぁあぁあ!!」


そう言って叫び出したい衝動にかられた。

グッと押さえて自分の席に座ろうとしたが衝動が収まらない。

駄目だ駄目だ。抑えろ…

ここで暴れたら証拠が水の泡だ…

俺は、自分のデスクに戻り、散らばった紙を一つづつ拾った。

ページ番号がバラバラになった紙を拾い、投げてきた奴らの机に戻した。

奴らは、お局様といっしょにどこか行ったようだった。


「自分の仕事は…自分でしてくれよ…」


俺は、ボソッと本音をこぼした。


自分のデスクへ戻る。

隣のデスクのやつは、俺に見向きもしない。

俺はパソコンに向かい直し、誤字を消していく作業から始めた。


隣のデスクから小さく折りたたまれた紙が差し出された。

俺は訝しげにそれを開いて中の文を読んだ。


「今、持ってる仕事。把握させて。」


俺はちらっと隣をみた。

中肉中背の小柄な男からだった。

たまに声をかけてくれていた男だった。


俺は、紙にいましていることを書いた。


森谷もりや先輩。」


俺は、森谷先輩に紙を渡した。

先輩は、一通り目を通してから上司の本村の元へ向かった。


上司の声は聞こえるが、小さすぎていまいち聞き取りづらい。


「お前はしなくていいんだよ。やらせとけ。今までも出来てただろ?!」


だけははっきり聞こえた。

いや。俺に聞かせるためにあえて言ったんだろうな…


まぁ。録音してんだけど…


森谷先輩が自分のデスクへ帰ってきた。

先輩は俺の肩を軽く叩き喫煙所へ来るように指示してきた。

俺は、先輩の後を追うように席を立った。

その時、部屋に怒号が響いた。


「おい!お前ら!どこ行くんだ!」


森谷先輩は、俺に聞こえるくらいの小さな舌打ちをした後、

上司のほうを向いた。


「たばこ吸いに行きます。」


上司は、その言い方が気に食わなかったのか椅子から立ち上がり、食ってかかろうと近づこうとしていた。


森谷先輩は、飄々と表情一つ変えずに続けた。


「あんたもパソコン開いて何してんすか?あんたの右下のウィンドウ。それ。なんすか?」


上司は、慌ててパソコンのウィンドウを消していた。

先輩ははぁ。と短く息を吐いたあと、ササッと部屋から出ていった。

俺は、急いで後を追った。


先輩は、喫煙所に着くと一本たばこを取り出した。


「吸っても大丈夫?」


「…はい。大丈夫です。」


会社の屋上にある灰皿だけ置いてある名ばかりの喫煙所には誰もおらず二人だけだった。

先輩は、一本ふかしながら話し始めた。


「大丈夫なん?病気。」


俺は、その話からくるとは思わず、狼狽えた。


「あっえ?っと、命に関わることじゃないって感じで大丈夫です…」


先輩は、煙を吐きながら


「お前さ。どんどんやつれていくし、独り言多くなってったし、目はうつろだし…気づいてた?お前、職場で仕事してる時首やらほっぺたやら真っ赤になってるの。発疹っていうの?なんかやべぇことになってるの気づいてさ。部長に相談したんだわ。あいつ。おかしいです。病院連れてってやってくださいって。」


俺は、驚いて目を見開いた。


「俺はさ。こんな感じだからうまくいえないし、俺から言ったらお前、先輩から言われたって思って「大丈夫です。」とか言って病院行かなそうじゃん。だから部長にお願いしたんだよね。」


先輩は、たばこを思いっきり吸ってから煙を吐き出した。


「お前は周りを頼るのが無理な状況で。俺は先輩面が下手くそで…お局や上司の目を気にしてたんだよな…こんな感じになるまで助けてやれなかった…すまん。」


俺は慌てて先輩に話をした。


「やめてください!先輩が悪いんじゃないんです!」


先輩は、頭を上げてたばこを一本くれた。俺も火をもらって吸った。

…むせまくった…


それをみて先輩は、笑ってた。


「誰にも相談しなくていい。無理な仕事振られたら俺に話してくれ。手伝うからさ。」


「…はい。」


俺と先輩は、各々デスクに戻った。

その頃には部長も帰ってきていたため、その後は平和だった。

俺は帰ろうとデスクを片付けて必要なものをカバンに詰めてからロッカールームへ向かった。


その時、給湯室の前を通った。


「あっ!」


誰かが声をかけようと近寄るのを横目で確認した。


…お局様だった…


俺は小声で


「お疲れ様でした」


と声をかけ、足早に立ち去ろうとした時にはもう近くにいた。


「ねぇ。あんた…」


俺は、手をつかまれる前に身をよじり、早足で逃げた。


遠くから


「さえじまさん!!!」


と叫ぶ声がする。

俺はその声を無視し走ってロッカールームへ駆け込んだ。

幸い誰もおらず、俺はドアを閉めてドアを背にして座った。

ドアは、犯罪防止のため鍵が閉められない構造になっていた。


俺はバクバクと音を立てる心臓を必死に押さえつけて肩で息をしていた。


そうこうしているうちに足音が近づいてくる。

ドタドタと音を立てながら鼻息荒く俺を探している。

心の中で来るな来るなと念じていたが、それも虚しくドアを激しく叩く音がした。

男性ロッカールームに入ってくるはずがないと考えていたさっきの自分を殴りつけたい衝動にかられる。

力任せにドアを開けようとしてくるお局様の力にかなうはずもなく。

俺は、突っぱねる事を諦めてしまった。


お局様は、肩で息をしながら俺に詰め寄ってくる。


「…私が嫌いなら、嫌いって言えばいいじゃないのよ!ねぇ!!こんな回りくどいことして。」


俺は、ここで意識をなくしたら何をされるか…何をでっち上げられるかわからない…

その一心で意識を保ち続けた。

ただ、冷や汗が止まらない。ダラダラとかく汗が床に落ちる音がする。フロアマットをぬらしていく。


お局様の声が脳天から聞こえる…。

俺は頭を抱えながら、嵐が過ぎるのを待った。

お局様の声色が低い声へと変わった。


「ねぇ。下向いてたら分かんないでしょ?顔を上げて言えよ!嫌いなら嫌いってさぁぁ!!!」


俺は固く目をつぶった。


「冴嶋くん!!」


ドア越しに部長の声が聞こえた。


「大丈夫かい!開けるね!!」


部長はドアを開けて入ってきた。それを見て安心した。

お局様の声が急に上ずり始める。


「男性ロッカーから苦しそうな声を聞いたので介抱しようと…」


部長は、冷ややかな目でお局様を見た後、俺に駆け寄った。


「大丈夫かい?冴嶋くん。立てるかい?…僕の肩を貸につかまって…今日は、僕と帰りましょう。」


部長は、また冷ややかな目をお局様に向けた。


「…明日。お話を聞きましょうか…」


俺は、部長の肩につかまり男性ロッカーを後にした。


ワナワナと震えながら立ちすくむお局様を独り置いて…



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