第36話 父と同じように

 みなが女王のこの無謀な決闘を見ていた。


 プリシラが剣を握る。女王は負けるだろう。剣など、ほとんど触ったこともないのだから。


 大公がプリシラの方に向かってきた。不快な笑みを顔に貼り付け、どんどんと迫ってくる。剣を振り上げた。目を閉じる。こわくって……


 騒々しい金属音が耳をつんざいた。恐る恐る目を開ける。死んでいない。無傷だ。


 剣は地面にあたった。大公が剣を握る手を見つめて、唖然としている。嘲笑は消えた。


 もう一度プリシラめがけて剣をふるったが、剣はあらぬ方向にはずれた。まるで見えない手に阻害されたかのように。


 兵士たちが互いに顔を見合わせた。ソフィアの強い眼差しが娘をおっている。オレグはじっと決闘の行方を見守っていた……


 剣は大公を裏切ったのだ。贋作とすり替えられて。


 何度剣をふるっても同じだった。プリシラが汗のつたう叔父の頬に剣を添える。


 大公はガクガクと震えて、命乞いをした。足元にひざまずく叔父を、プリシラが見下ろしている。


「捕らえて、牢獄に連れていきなさい」

 女王が命令した。



 寝室で侍女が荷造りしている。プリシラは涼しい風の通る部屋の中で、窓の外を眺めていた。


 戦争は終わった。国内は惨たらしい戦争のせいで荒れ果ててしまった。それでも、故郷に帰ろう。雪の降りしきる、ヤッスラの城へと。そこにはもう父もピーター・ドールもいないけれど。



「大公の処分は私に任せてください」


 後ろからニコラス・カールセンの声がした。振り返っておもてを見せる。プリシラは微笑んでいた。


「叔父をどうするのです?」

 プリシラがきく。


「私は大公をどうするべきか、心得ております。陛下はお優しいので……」


「叔父は、彼が父にしたようにするつもりです。市井を引き回して辱めるつもりも、痛めつけるつもりもありません」

 プリシラがキッパリと言った。



 その夜、叔父は深い眠りについた。深すぎる眠り。永遠の眠りに。

 プリシラは叔父の食事に毒をもったのだ。


 死んだような目が窓の外の暗闇を眺めている。ぶるっと身を震わせた。トリスタンが肩に手を触れる。プリシラはその手に頬をすり寄せた。


「きっと、あなたをヤッスラの城に呼ぶわ。真っ白な雪がきれいな、あの城に……。呼んだら来てくれるでしょう?」


「もちろん」

 トリスタンが静かに答えた。


 ソフィアはあの若者と、あの美しい金髪の若者と結婚してもいいのだ、と言う。

 けれど、プリシラはメランコリックな気分に浸っていた。まだ結婚はしない。国が本当の意味で平和を取り戻すまで。


 たとえ、狂おしいほどの恋の情熱が二人をかき乱したとしても。

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