第35話 死せる乙女たち
「死んだ乙女たちが、さらわれた乙女たちが蘇りましたよ」
けれど、プリシラはベッドの中で眠るトリスタンを見つめていた。膝に手を置き、彼の亜麻色の髪が蝋燭のあかりに輝くのを見つめて……
「カーニヴァルの町の娘たちが人殺しを覚えて帰ってきたのですよ」
声がなおもそう言う。
だがその声は、プリシラにはなんだか幻のように聴こえるのだった。
カーニヴァルの町から姿を消した少女たちは海の向こうにある、大公の同盟国「花の国」に送られていたのだ。
少女たちは恐るべき存在、というよりも人の心を失った無慈悲な殺人兵器となって帰ってきた。プリシラと公爵の兵士たちは花の軍団の剣に倒れてゆく。攻勢はひっくり返された。
バートンにも公爵にも成す術はない。プリシラたちは遂に公爵の城へと逃げ込み、籠城戦が始まった。大砲が毎晩、眠りを脅かし、城壁はどんどんと崩れてゆく。怖いもの知らずの女たちは兵士たちの心を粉砕してしまった……
あとは食糧尽きて飢えがはびこり、城の壁が破壊されてなくなるのを待つだけ……女王の敗北を。
大公は門の前に立って何度も何度も嘲笑った。お前たちの女王はどこに行った?反逆者は?かわいい娘っ子は?私の綺麗なプリシラはどこだ?兵士を置いて逃げたのか?姿を見せろ。そして、叔父と真っ当に戦うのだ。
「僕が代わりに大公と一騎打ちをするよ、君が望むなら……」
トリスタンはプリシラの隣にいて、そう言ってくれる。
大公が「血統者の剣」を戦場に持ち込んだ……
ソフィアはオレグが言ったことを考える。
「血統者の剣」は自ら選んだ主人を裏切りはしない……
けれど、大公が持ち込んだ剣は偽物なのだ。それならば……!
「もう隠れていられないわ!」
プリシラがだしぬけに言った。
プリシラの寝室の中、バートンとトリスタンが顔を突き合わせて相談している。二人の男はプリシラが苛立たしげに立ち上がったのを見て話を止めた。
「大公の挑発にのったら……」
トリスタンも立ち上がってプリシラのそばに行く。
「いいえ、そっちの方がましなの」
プリシラは彼の言葉をさえぎって言った。
「死ぬのは私だけよ。私が死んでこの戦争が終われば、兵士の命に慈悲をかけてくれるかもしれない……。みんなが死ぬのを待ってるなんて……!」
戦場は静まり返っていた。城門の前、すらりとした少女とその叔父が向かい合って立っている。周りには固唾を飲んで見守るプリシラの兵士たちと、感情のない少女兵の軍団。
男が二人、細長い箱をかついできた。「血統者の剣」だ。大公は剣が取り出されるのを見て、満足げに笑う。
「皆の者、とくと見よ。これが『血統者の剣』だ。見届けるがいい、神の剣が反逆者を打ち倒すのを。みなが証人だ」
大公の声が響き渡った。
プリシラはじっと大公を見つめている。勇敢に、けれど、処刑台の前の罪人のように青ざめて……
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