第34話 初夜

 勝利は目前だ。誰もがそう確信している。敵は勢いを失い、兵士たちが武器を捨てて逃げ出すありさまだ。


 ある夜、雨が降った。それも普通の雨じゃない。とんでもない豪雨で、地上から天幕や木の根っこまですべてを流す勢いで降り出したのだ。一晩中降って、プリシラやトリスタンは高台の上に避難しなければならなかった。


 近頃プリシラは戦闘のほとんどをバートンに任せ、トリスタンのそばにいる。お腹の傷もいよいよ快方に向かっていた。あと少しで彼と一緒にいられなくなる。


 トリスタンは朗らかな様子で、寝床から体を起こして、思い出話などを話してくれる。彼はいろいろなことを喋った。幼い頃に亡くした母のこと、初めて乗った芦毛の美しい馬、ダーチャの春の美しい草原。黄色いたんぽぽと白い綿毛が風に揺れる草原。一晩中話は途切れない。プリシラはうつむいて微笑み、針仕事をしながら聞いた。トリスタンは嬉々として、少年時代を思い出せるだけ思い出して語ってくれる。彼は全てをプリシラに知ってほしかったのだ。


「もっと前にダーチャを知っていればよかったのに。こんなにのどかで綺麗なところがあるなんて……」

 プリシラがそう言って頬をゆるませる。


 トリスタンはプリシラを見つめていたけれど、プリシラの方は彼を見返そうとはしなかった。あらぬ方向を見て、ただじっと物思いにふけっている。


「初めてヤッスラの城に行った時はびっくりしたなぁ。血塗れの氷の門に、あたり一面は雪で真っ白で……」


 プリシラは振り向いて、トリスタンをじっと見つめた。ヤッスラの城、一年中降りしきる雪の恐ろしく冷たいこと!プリシラの生まれ育った場所……。

 郷愁の念がプリシラを襲った。どうしても、あのお城に帰りたい……


 

 いつの間に、そういうことになったのだろう……。気がついたらプリシラは一糸まとわぬ姿で、彼の手が優しく体の上をさまよっていた。


 ぐったりと抱き合い、顔をほころばせる。雨音が遠くに聴こえた。天幕の中には静寂がたちこめている。トリスタンはプリシラをうっとりするような手つきで愛撫した。


「君はなんてきれいなんだろう」

 彼はそう言って感嘆する。


 一生愛すのだ、とも言った。結婚や二人の愛のことも。


 プリシラは甘い倦怠感の中、静かに考えていた。

 けれど、プリシラがトリスタンと結婚することはない。少なくとも今すぐには……。そんなのは、あまりに浅はかで、あまりに危険すぎる。


 もちろん彼を愛してるのだ。今夜起こったことは素晴らしいことだった。思わず笑みがこぼれるほどに……

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