第31話 生きるべきか死すべきか

 エミリーは城の暗い廊下でぶるっと身を震わせた。ここはあまりにも寒い。寒すぎる。真夏の真っ盛りだというのに。


 城の中をさまよい歩く。行くところ、行くところ薄暗くて、壁の隙間や閉ざされた暖炉から冬の気配がした。廊下という廊下を自由に歩き回っていい。逃げてもいい。どこに逃げようが、追っ手は必ずエミリーを捕まえ、もといた部屋に引き戻してしまうだろうから。



 エミリーは大公の命令で戦場からヤッスラの城に移送されていた。扉を開けても、城の中のどの部屋も虚ろで気が滅入ってしまう。


 ひょっとしたら死ぬべきなのかもしれない。

 エミリーはそう考え始めていた。


 ピーター・ドールも女王も攻撃をやめてしまった。エミリー一人の命のために、大勢の兵士が命をおとしていっている。自分のせいなのだ、あんなにも沢山人が死んでいるのは……


 自室には緑のビロードのドレスと銀のナイフが置かれている。


「私が負けようが、勝とうがお前は死ぬ」

 大公は捕えられたエミリーにそう言ったっけ。


 そうだ、自分はこの戦争が終わるまでには死ぬのだ。なら、なぜ今命を断とうとしないのか?これ以上、無駄な血を流すこともないのに。


 窓の外の鳥の囀りを聴いて、なんとか正気を保とうとした。


 こんなふうに自責の念に駆られるのはエミリーらしくないことだ。自殺を考えるなんて!普段ならいつだって冷静で、何をなすべきかもわかっている。でも今は……



 ソフィアは大広間で夕食を取っていた。広い天井に食器の触れる音、給仕が出入りする音がこだまする。


 緑のビロードのドレスを着た、まだ若い女が迷い込んできた。丁寧に作られた食卓とソフィアに気づき、腰を低くお辞儀する。ぼんやりとした視線が床をさまよった。


「エミリーですね」

 ソフィアが言う。


 エミリーは肯定の返事をした。


「どうぞ座ってちょうだい。あなたの分も用意させるわ」

 ソフィアが快活な調子で言う。


 給仕がすぐに食事を銀のお盆にのせて運んできた。


 薄味のスープを一口だけ飲む。


「ねえ、まさか変なことを考えていないでしょう?」

 ソフィアは食事が終わるととてつもなく優しい調子で言った。聞いてるだけで泣いてしまいそうなくらい、優しい声で。


 エミリーは押し黙って、ソフィアの目をまともに見つめていた。喉に熱いものが込み上げてくる。優しい、賢い目。何もかも見通すような……


「でも、私が終わらせるべきではありませんか」

 エミリーが震える声で言う。


「いいえ、違うわ。違う……。そんな終わらせ方では……」

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