第30話 朝

「二人いたわ……」

 プリシラがベッドの中で繰り返し手をさすりながら言う。

「二人、男だったわ」


 寝台の横にはピーター・ドールが立っている。リリーは二人を交互に見ながら、オロオロするばかりだ。


 昨夜天幕に現れた男たちは、たまたま通りかかったバートンが助けに来てすぐに、ずらかってしまった。顔はわからずじまいだ。


 ピーターはプリシラの身を案じて、怒っているけれど……


 女王が暴漢に襲われたというニュースが伝わると、兵士たちの間で奇妙な噂が囁かれるようになった。プリシラを夜の間に襲おうとしたのはトリスタンとイーサンなのだと。公爵は弟とその悪友を唆して暴行させ、プリシラを自分の思い通りにする計画だった……


 プリシラとピーターはいつしかリリーに疑いの目を向けるようになる。どちらも口に出しては言わないが……。


 どうして彼女は事件の夜、女主人の天幕を離れたのだろう?リリーは明らかにトリスタンに恋心を抱いていた。もしかして、トリスタンに頼まれて手引きしたのではないか。しかし、彼女にそんなことができるだろうか……?あの、ちょっとぼんやりしたリリーに……。彼女の顔を見てもどこにも悪意など見当たらないのに。



 黄昏時の川辺を無言で歩いていた。隣にはトリスタンがやはり無言で歩いている。夕日が地上を赤く染めていった。プリシラの頬も髪も怒ったような瞳もあかね色……。


「僕じゃない、天幕に行って君に酷い目に遭わせようとしたのは僕じゃないんだ」

 トリスタンが出し抜けに喋り出した。


「あなたとイーサンが、あなたのお友達のイーサンが近くで目撃されたっていう情報よ」

 プリシラが怒りで声を震わせながら言う。


「兄さんとイーサンがやったことなんだ……」

 トリスタンはうなだれた。


 プリシラは途方に暮れて彼を見やる。亜麻色の巻き毛に鳶色の優しい瞳。


「ニコラスもイーサンも嘘つきだわ。嘘つきで横暴で!あなただって嘘つきだわ!トリスタン、あなたの言うことなんか信用しない。ニコラスとイーサンが何をしでかすか知ってたくせに。それを黙って許したんでしょう?」



 リリーはピーター・ドールに侍女を辞めさせられ、公爵のもとへ送られた。トリスタンのもとへと……

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